【別紙】本田技研工業事件(令和4年不第47号事件)命令書交付について

1 当事者の概要

⑴ 申立人労組ジーケーアイ(以下「組合」という。)は、肩書地に所在し、平成22年2月1日に結成された労働組合であり、本件申立時の組合員数はXを含めて3名であった。

⑵ 被申立人本田技研工業株式会社(以下「会社」という。)は、肩書地に本拠地を置き、昭和23年に設立された、自動車、オートバイ等の製造、販売等を業とする株式会社であり、令和4年8月時点の従業員数は約34,000名であった。

2 事件の概要

平成2910月4日、Xは、会社との間で契約期間を30年1月3日までとする有期雇用契約を締結し、自動車エンジンの組立作業等に従事した。

291218日、Xは、会社に対し、指の痛みを訴えるとともにこれを労働災害として取り扱ってほしい旨を申し出たところ、会社は、Xに対し、会社の健康管理センターにて産業医の診断を受けるよう指示した。

1220日、会社の産業医であるZ1医師は、健康管理センターにおいてXの診察を行い、同人に対し、指を使う仕事をしないよう指示した。

1225日、組合は、会社に対し、組合員であるXが上記作業を原因として本件負傷等を発症したとして、休業補償給付等の申請に関する協力を求めた。

令和4年8月8日、組合は、会社に対し、団体交渉の議題やZ1医師との面談要求等の記載が含まれた、同日付けの要求書(以下「4年8月8日付要求書」という。)を送付し、団体交渉の実施を申し入れた(以下「本件団体交渉申入れ」という。)が、会社は、同月12日付けの回答書(以下「4年8月12日付回答書」という。)を送付するのみで、団体交渉の実施には至らなかったことから、組合は、同月29日、当委員会に対し、4年8月8日付要求書に対する会社の対応は正当な理由のない団体交渉拒否に当たるとして、本件申立てを行った。

5年1月18日、会社は、当委員会宛ての準備書面(以下「5年1月18日付準備書面」という。)において、4年8月8日付要求書の議題の内容が具体的に明らかになれば、団体交渉の具体的な日時を別途協議により決定する意向がある旨の主張を行った。

5年2月2日、会社が、代理人名義で、組合に対し、団体交渉実施の候補日時等を記載した同日付けの連絡文(以下「5年2月2日付連絡文」という。)を送付したところ、同月16日、組合は、会社に対し、同日付けの抗議書(以下「5年2月16日付抗議書」という。)を送付し、5年2月2日付連絡文の問題点を指摘するとともに問題点の解決に向けた対応を求めた。

3月14日、組合は、当委員会に対し、5年2月16日付抗議書に対する会社の対応が正当な理由のない団体交渉拒否に当たることなどを申立事実として、本件の追加申立てを行った。

3 主文の要旨 <一部救済>

⑴ 文書交付(要旨:会社が、令和4年8月8日付要求書による団体交渉の申入れに応じなかったこと。今後、このような行為を繰り返さないよう留意すること。)

⑵ 前項の履行報告

⑶ その余の申立てを棄却する。

4 判断の要旨

⑴ 組合の4年8月8日付要求書及び5年2月16日付抗議書に対する会社の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか否か

ア 4年8月8日付要求書

組合が、4年8月8日付要求書において交渉議題を明記した上で、会社に対し、本件団体交渉申入れを行ったところ、会社は、4年8月12日付回答書を送付し、組合の要求事項については別件不当労働行為救済申立事件についての中央労働委員会(以下「中労委」という。)の手続の中で必要に応じて検討されるべきものである旨を回答した。

確かに、組合と会社との間では、平成301227日の別件不当労働行為救済申立て以降本件団体交渉申入れがなされた令和4年8月8日に至るまで、埼玉県労働委員会(以下「埼労委」という。)及び中労委において、別件不当労働行為救済申立事件が係属しており、同事件の争点と4年8月8日付要求書記載の交渉議題及び要求事項との間で、一定の共通点ないし類似点が認められる。

しかしながら、一般的に、使用者が労働者の代表者と直接交渉する団体交渉と法的な論争の場でもある労働委員会の審査手続とはその制度自体が異なるのであり、労働委員会における主張立証活動をもって、団体交渉における説明等に代えることはできないものである。

加えて、別件不当労働行為救済申立事件では、平成291225日付文書が団体交渉の申入れに当たるか、が争点の一部となっているところ、埼労委は、令和3年7月19日付けで、上記文書は団体交渉の申入れには当たらない旨の判断を含めた棄却命令を発していること、組合が、上記文書を送付した後、4年8月8日付要求書を会社に送付して本件団体交渉申入れを行うまでの間に、会社に対して団体交渉の実施を申し入れた形跡がないことからすれば、組合は、埼労委の前記棄却命令を受けて、団体交渉の申入れである旨をより明確にする形式をとって、4年8月8日付要求書を会社に送付したものとみるのが相当である。

また、組合が、会社に対し、平成291225日付文書を送付して以降、Z2病院が症状固定(治ゆ)の診断を、埼玉県労働者災害補償保険審査官が後遺障害の認定をそれぞれ行っており、組合は、上記診断及び認定を受けて、4年8月8日付要求書において団体交渉の議題として「後遺障害の補償について」を明記したとみるのが相当であり、かかる交渉議題は、別件不当労働行為救済申立事件における争点とは直接的には関連しないものであるといえるし、中労委における求釈明事項にも、後遺障害の補償に関するものは含まれていない。

そして、本件負傷はXの会社在職中に発生したものであることから、かかる後遺障害の補償の問題は組合の組合員であるXの労働条件その他の待遇に関する事項であり、かつ、使用者に処分可能なものに当たり、いわゆる義務的団体交渉事項に当たるものであるといえる。

以上のことを総合すると、組合が、4年8月8日付要求書で交渉議題を明記した上で本件団体交渉申入れを行った後、会社の4年8月12日付回答書の記載を受けて、4年8月29日付けで本件申立てに至っている点について、多少の拙速感を禁じ得ないものではあるが、会社が、4年8月8日付要求書による本件団体交渉申入れがなされた後5年1月18日付準備書面を提出するまでの間、組合に対して団体交渉の実施に向けた働き掛けを行っていたことの疎明がないことを併せて考慮すれば、組合の4年8月8日付要求書に対し、4年8月12日付回答書により別件不当労働行為救済申立事件の中労委の手続の中で検討されるべきものである旨を回答して団体交渉に応じなかった会社の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるというべきである。

イ 5年2月16日付抗議書

会社が、代理人名義で、組合に対し、5年2月2日付連絡文を送付し、4年8月8日付要求書に記載された交渉議題及び5年1月22日付文書記載の議題について団体交渉を行うことを明示するとともに、回答期限を設けた上で団体交渉実施の候補日時などを連絡しているところ、組合は、会社代理人の交渉権限の問題等に関する記載を含む5年2月16日付抗議書を会社宛てに送付するのみで、会社代理人が提示した団体交渉実施の候補日時などについて回答を行わなかった。

会社が、組合に対し、5年2月16日付連絡文を送付し、5年2月2日付連絡文記載の候補日時の提示を解消したところ、組合は、かかる会社の対応が正当な理由のない団体交渉拒否に当たるなどと主張するようである。

しかしながら、組合が主張する5年2月16日付抗議書記載の5年2月2日付連絡文の問題点については、団体交渉において会社と協議を行うことにより解消することが十分に見込まれることから、少なくとも、団体交渉実施における支障にはならないとみるのが相当であることなどの事情を併せて考慮すると、会社が団体交渉を拒否しているとまでは認めることができないのであって、5年2月16日付抗議書に対する会社の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否には当たらない。

⑵ 組合が、4年8月8日付要求書において、Xと会社産業医のZ1医師との面談を要求したことに対する会社の対応は、Xが組合員であることを理由とした不利益取扱いに当たるか否か

使用者が、係争中の当事者から特定の従業員との面会を求められた場合にこれに応じないこと自体は必ずしも不自然な対応であるとまではいえないのであって、組合及びXと会社との係争の経緯等の事情を勘案してもなおXが組合員であるが故にXとZ1医師との面談が実現しなかったと認めることはできず、ほかにこれを認めるに足りる具体的事実の疎明はない。

したがって、組合が、4年8月8日付要求書において、Xと会社産業医のZ1医師との面談を要求したことに対する会社の対応は、Xが組合員であることを理由とした不利益取扱いには当たらない。

⑶ 会社が、組合の4年8月8日付要求書に対し、5年1月18日付準備書面で回答としたことは、組合運営に対する支配介入に当たるか否か

審査手続における準備書面は、労働委員会における審査手続において陳述するために提出される主張書面であり、組合からの団体交渉の申入れに対する回答方法として一般的なものであるとはいい難いものの、5年1月18日以降、会社は、①組合に対し、5年2月2日付連絡文を送付し、4年8月8日付要求書及び5年1月22日付文書記載の交渉議題について団体交渉を行うことを明示した上で、団体交渉の実施の候補日時などを連絡していること、②5年2月16日付連絡文を送付し、組合から団体交渉の申入れがあればこれに応ずる旨を明示していることを併せて考慮すると、会社が、組合の4年8月8日付要求書に対し、5年1月18日付準備書面で回答としたことは、組合を殊更に無視し、組合弱体化を企図したものとまでは認めることができず、組合運営に対する支配介入には当たらない。

5 命令書交付の経過 

⑴ 申立年月日      令和4年8月29

⑵ 公益委員会議の合議 令和6年7月2日

⑶ 命令書交付日    令和6年9月5日

記事ID:044-001-20241227-010081