【別紙】全日本空輸事件(令和3年不第95号事件)命令書交付について
1 当事者の概要
⑴ 申立人ジャパンキャビンクルーユニオン(以下「組合」という。)は、肩書地に事務所を置き、航空会社やその関連会社等で働く労働者を組織する、一人でも加入できる労働組合であり、本件申立時の組合員数は約110名である。
⑵ 被申立人全日本空輸株式会社(以下「会社」という。)は、肩書地に本社を置き、航空運送事業を業とする株式会社であり、令和3年3月31日現在の従業員は15,078名、うち客室乗務員は7,703名である。
2 事件の概要
Xは、昭和56年5月、被申立人会社に入社し、以後、主に近距離国際線及び国内線(以下、併せて「近距離路線」という。)の客室乗務員として勤務した。また、会社への入社と同時期に、申立外企業内労働組合(以下「企業内組合」という。)に加入した。
令和2年9月、Ⅹは、近距離路線の乗務時における休憩(以下「本件休憩」という。)について、会社に対して改善を求めるべく、3年4月、Xは、申立人組合に二重加入した。
3年4月15日、組合は、Xの加入を会社に通知するとともに、本件休憩等について団体交渉を申し入れ、組合と会社は、5月24日に第1回団体交渉を開催し、組合は本件休憩に係る要求について、その趣旨を説明した。
その後、組合と会社とは、6月から10月にかけて、第2回から第5回までの団体交渉を実施し、その中で会社は、本件休憩等に係る組合の質問や要求に対して、労働基準法(以下「法」という。)及び労働基準法施行規則(以下「規則」という。)第32条第2項に基づいて適正に運用しているなどと回答した。
本件は、会社が、組合に対し、本件休憩につき、第2回から第5回までの団体交渉において、「法令の規定(規則第32条第2項)を遵守し、適正な運用を行っている。」と繰り返し回答した対応が、不誠実な団体交渉に該当するか否か、また、この対応が、組合の組織運営に対する支配介入に該当するか否かが争われた事案である。
3 主文の要旨 <全部救済>
⑴ 会社は、組合が3年4月15日付けで申し入れた、近距離路線に乗務する客室乗務員と組合員の休憩を議題とする団体交渉について、自らの主張を裏付ける具体的な根拠を示すなどして、誠実に応じなければならない。
⑵ 会社による文書の交付及び掲示(要旨:団体交渉における会社の対応が不当労働行為と認定されたこと。今後繰り返さないよう留意すること。)
⑶ 会社による前項の履行報告
4 判断の要旨
⑴ 争点1について
ア 組合は、3年4月15日、会社に対して、近距離路線の客室乗務に従事する際に休憩を取る時間がない実態を是正して、規則第32条第2項を遵守することを文書で要求した。
5月24日開催の第1回団体交渉では、組合は、Xが近距離路線で休憩を取れない実態にあること及びその状態が規則第32条第2項に抵触するとの認識を示して法令遵守を求める旨を述べており、さらに、他社においては業務やシフトを工夫するなどして客室乗務員の休憩に相当する時間等が確保されている事例を示した上で、会社に対し、休憩付与に係る見解を求めている。
以上のことからすれば、少なくとも第1回団体交渉の時点で、組合は、Xの近距離路線の客室乗務においては、休憩に相当する時間がほとんど確保されずに終日勤務をしている現状を問題視して、規則第32条第2項を遵守することによって、同人の休憩に相当する時間の確保、すなわち勤務環境の改善に係る協議を求めていたといえる。
イ 会社は、第1回団体交渉では、組合要求の趣旨説明を受ける場と捉えて会社の見解等を回答しなかったため、本件審査の対象は、第2回から第5回までの団体交渉における会社の対応である。
第2回から第5回までの団体交渉において、組合が、規則第32条第2項に沿った適正な運用を行って、近距離路線の客室乗務員が休憩に相当する時間を取得できるようにすることを要求し、休憩時間に係る会社の見解を求めたとみることができるのに対し、会社は、規則第32条第2項を遵守して適正な運用をしている旨を回答し、組合が、休憩を取れない実態や休憩を確保するための他社の対応事例等を示した上で、会社が適正に運用していると述べる具体的な根拠や運用の実態等を答えるよう求めても、会社は、法令を遵守して適正に運用している旨の回答、条文を読み上げるという回答を繰り返していたこと及び現在も今後も時間を計測するといった実態調査をする予定はないなどと述べたことが認められ、結局、本件休憩に係る協議は進展していない。
このように、具体的な根拠を示さずに、法令を遵守して適正に運用している旨の結論のみの回答や、条文を読み上げるだけの回答を繰り返すなどした会社の対応は、組合の質問に真摯に回答して合意形成に向けた努力をする姿勢に欠けていたといわざるを得ない。
ウ この点、会社は、組合が法第34条と規則第32条第2項のいずれを問題とするかが絞られていなかったり、組合独自の用語である「みなし休憩」の定義が不明確であったため、議論の混乱を避け、誤解を招かないように規則第32条第2項の文言に沿ったやり取りを行ったものであり、何ら誠実交渉義務違反に当たらないと主張する。
しかし、前記ア及びイのとおり、組合は、各団体交渉を通じて、規則第32条第2項を遵守して休憩に相当する時間を確保するよう求めており、第3回団体交渉では、客室乗務員は法第34条の休憩時間の付与の対象外なので、規則第32条の休憩時間を問題としている旨を説明しているのであるから、上記会社の主張は、採用することができない。
また、確かに、組合のいう「みなし休憩」は組合独自の用語のようであるが、組合は、第1回団体交渉において、規則第32条第2項が適用される場合には、折返しによる待合せの時間及び運航中も含めて、飛行機を離れられる休憩と同等に休む時間が必要であること、組合はその時間を「みなし休憩」と称していること並びに「みなし休憩」の合計が法第34条の定めるとおりとなる必要があることを説明しており、「みなし休憩」とは、規則第32条第2項の「勤務中における停車時間、折返しによる待合せ時間その他の時間の合計が法第34条第1項に規定する休憩時間に相当するとき」について解釈した組合の見解であるとみることができる。その後も組合は、「みなし休憩」について、会社の質問に答えて具体的に説明しており、組合が「みなし休憩」という用語を用いたことによって議論が混乱したような事情は特に認められない。
むしろ、組合が、「みなし休憩」という用語を用いつつ、規則第32条第2項に係る自らの見解を明らかにし、労使間で法解釈のそごがあるのであればすり合わせるとの姿勢も示した上で、近距離路線の客室乗務員に、組合のいう「みなし休憩」のような休憩に相当する時間を確保する必要があると認識しているかについて、会社の見解を求めたにもかかわらず、会社が、自らの見解を明らかにせず、法令を遵守して適正に運用している旨の回答や、条文を読み上げるだけの回答を繰り返したことこそが、本件休憩に係る協議が進展しなかった原因であるというべきである。
エ 会社は、団体交渉と並行して、労基署による調査が行われており、法令違反は刑事罰を伴うものであるため、会社の本件休憩に関する取扱いが違法となれば経営に極めて重要なインパクトを与えるものであり、組合を通じて、労基署に会社の見解の誤った情報が伝わることがないよう十分に配慮せざるを得なかったと主張する。
しかし、会社が、組合に対し、団体交渉において、会社の見解として労基署に説明したものと同じ内容の説明をするのであれば、組合を通じて、労基署に会社の見解の誤った情報が伝わる心配はないといえる。ところが会社は、5月14日及び9月16日に労基署に赴いて、規則第32条第2項に係る会社の見解を説明している一方、組合に対しては、上記ウのとおり、法令を遵守して適正に運用している旨の回答や、法文を読み上げる回答をするだけであり、適正な運用が行われているとする根拠等としては、企業内組合と約50年間という長期間にわたり行われた労使協議の場でも休憩時間に関して問題提議されておらず、企業内組合と締結している勤務協定(労働協約)にも休憩時間に関する定めがないことを示しているほかは、会社の見解を何ら説明していない。
会社は、労基署に対し、規則第32条第2項に係る見解について、勤務中であっても、実際に乗務しない時間で、乗務時間よりも相対的にみて精神的肉体的に緊張度の低いと認められる時間の合計が、法第34条第1項に定める休憩時間の時間数に相当するならば、休憩時間を与えないことができる旨を定めているものと解し、客室乗務員の「実際に乗務しない時間」とは、「航空機の全ての扉が閉じられた密室状態には当たらない時間」であり、緊急時の保安業務の責任を負うことがなく、乗客への対応を求められないなど、乗務時間よりも相対的にみて精神的肉体的に緊張度が低いから、「実際に乗務しない時間」の合計が、法第34条第1項に定める、休憩時間の時間数に相当するならば、休憩時間を与えないことができると解釈していると説明している。
上記の説明は、組合に対しても、団体交渉において説明することができたものであり、労基署に説明する一方で、組合に対しては何ら説明をしない会社の対応は、組合を軽視するものといわざるを得ない。そして、会社が、組合に上記の説明を行っていれば、組合のいう「みなし休憩」と会社のいう「実際に乗務しない時間」とのすり合わせを行ったり、会社のいう「実際に乗務しない時間」の合計が、法第34条第1項に定める、休憩時間の時間数に相当するような運用が行われているかどうかを労使で確認するなどしたりして、交渉が進展する可能性があったといえるのであるから、組合に対して上記の説明を行わなかった会社の対応は、交渉が進展しなかった原因の一つであるといわざるを得ない。
オ 組合が、第4回団体交渉において、8月7日のXの乗務における勤務実態について、座って食事をするなどの体を休める時間が、1日に2回合計8分間しか確保できていないことを示し、休憩の実態調査を要求したのに対し、会社は、第5回団体交渉において、Xが乗務した便の当日の運航状況や乗客の状況を丁寧にヒアリングした、休憩について労使の認識が一致していないが、法令が求める運用が正しくなされていたかの確認は行った、現在も今後も時間を計測するといった実態調査をする予定はないなどと述べた。
このことについて、会社は、組合の見解に立った調査を行うことは困難である中で、事後的な検証が可能な範囲で8月7日のXの勤務状況を確認するなど誠実に対応したと主張する。
しかし、組合は、法令を遵守して適正に運用している旨の回答を繰り返す会社に対し、休憩に相当する時間を取得できていない実態を提示して、会社が法令どおり適正に運用されていると述べる根拠を、休憩の実態調査に基づき具体的に示すよう求めていたのであるから、法令が求める運用が正しくなされていたかの確認は行ったと述べるだけで、具体的な運用の実態や、適正な運用が行われているとする根拠等を示さない会社の対応は、組合の要求に誠実に対応したものとはいえない。
カ 会社は、団体交渉において、チーフパーサー(Chief Parser。以下「CP」という。)が行うトータルマネジメントとして、疲労リスク管理の中で休憩も含めて対応している、規則第32条第2項を遵守できる環境を会社が整えているなどと説明したが、その具体的な内容については、言及しておらず、CPのマネジメントに係る会社の説明は、本件休憩について、具体的な運用の実態や、法令を遵守し適正な運用が行われているとする根拠等を説明したものであるとはいえない。
キ 以上のとおり、第2回から第5回までの団体交渉における会社の対応は、規則第32条第2項に沿った適正な運用を行って、近距離路線の客室乗務員が休憩に相当する時間を取得できるよう要求する組合に対し、適正な運用が行われているとする根拠等としては、企業内組合との状況を示してはいるものの、法令を遵守して適正に運用している旨の回答や、法文を読み上げるだけの回答を繰り返し、具体的な運用の実態を何ら示さないものであり、労使間の合意形成の可能性を模索する姿勢を欠いたものであるから、不誠実な団体交渉に当たる。
⑵ 争点2について
前記⑴キのとおり、会社は、第2回から第5回までの団体交渉において、法令を遵守して適正に運用している旨の回答や、法文を読み上げるだけの回答を繰り返し、具体的な運用の実態や、適正な運用が行われているとする根拠等を何ら示さなかった。
そして、前記⑴エのとおり、会社は、組合との団体交渉に先立って、労基署に対しては、規則第32条第2項に係る会社の見解を説明しており、組合にも同様の説明をすることができたにもかかわらず、組合に対しては、何ら説明しなかったのであるから、団体交渉における組合への対応を軽視していたものといわざるを得ない。
加えて、会社は、組合がCPのマネジメントの中で休憩にも対応しているとの会社説明の根拠を書面で説明するよう求めたのに対し、企業内組合との間で職場からそうした声が出ていないと述べたり、近距離路線の客室乗務員が休憩に相当する時間を取得できるよう求める組合要求に対し、勤務協定に本件休憩に係る定めがないことや、企業内組合との間で50年間、本件休憩に係る問題提起がなされていないことなどを理由に、適正な運用がなされていると述べたりするなど、組合の独自の要求について、企業内組合が問題としていないことを理由にして、適正に対応しようとしない姿勢がみられ、企業内組合と比して、組合への対応を軽視していることがうかがわれる。
そうすると、第2回から第5回までの団体交渉における会社の対応は、組合との合意形成を模索する姿勢に欠けていただけではなく、組合への対応をおろそかにしたものであり、組合の存在を軽視するものであるから、組合の組織運営に対する支配介入にも該当する。
5 命令書交付の経過
⑴ 申立年月日 令和3年12月17日
⑵ 公益委員会議の合議 令和6年7月16日
⑶ 命令書交付日 令和6年9月2日