【別紙】S事件(令和4年不第55号事件)命令書交付について

1 当事者等の概要

⑴ 申立人X1(以下「組合」という。)は、肩書地に事務所を置き、企業の枠を越えて組織されるいわゆる合同労組であり、本件申立時の組合員数は約250名である。

⑵ 被申立人Y1(以下「会社」という。)は、肩書地に本社を置き、医療関連企業や地方公共団体から業務委託を受けて、各種サービス事業を行うことを業とする株式会社である。

⑶ 申立外Z1法人は、東京都内にて診療所を経営する医療法人社団である。

2 事件の概要

令和3年4月1日、会社は、東京都江東区から、同区が実施する新型コロナウイルスワクチンの集団接種業務(以下「接種業務」という。)を受託し、そのうちの医療行為については、申立外Z1法人(以下「Z1法人」といい、会社と併せて「両社」という。)に再委託した上で、委託業務を行っていた。

5月1日、X2は、Z1法人と有期雇用契約を締結し、ワクチンの集団接種会場(以下「接種会場」という。)にて、看護師として接種業務に従事していたが、当該接種会場における看護師の責任者(以下「責任看護師」という。)であるZ1法人のZ2からハラスメント行為を受けた旨、会社の会場責任者であるY2(以下「会社のY2」という。)に申し出た。その後、Z1法人は、Z2に対して厳重注意を行ったが、X2に対しては別の接種会場に異動させた。

11月4日、Z1法人は、X2に対して、同人が就業している接種会場における接種業務が終了するとして、同月21日付けで同人を雇止めとする旨を告げた。その後、X2の雇用契約は1130日まで更新されたが、同日付けで同人は雇止めとなった(以下「本件雇止め」という。)。

4年2月1日、X2は組合に加入し、組合は、両社に対して団体交渉を申し入れた。

2月25日、組合とZ1法人との間で団体交渉(以下「第1回団体交渉」という。)が開催され、会社は「話合いのサポート役」として団体交渉に出席した。

4月11日、組合は、両社に対して団体交渉を申し入れた。

5月11日、組合とZ1法人とは団体交渉(以下「第2回団体交渉」という。)を開催して協議を行い、その後、6月7日、X2とZ1法人との間で和解の合意書が締結された。

一方で会社は、4月12日、組合の4月11日付団体交渉申入れに対し、労働組合法(以下「労組法」という。)上の使用者ではないとして団体交渉に応じない旨を回答した。4月15日及び7月6日、組合は、会社に対し、再び団体交渉を申し入れたが、会社はこれに応じない旨を回答した。

本件は、①会社は、X2との関係において労組法上の使用者に当たるか否か、労組法上の使用者に当たる場合、会社が、組合からの4月11日付、同月15日付及び7月6日付団体交渉申入れに応じなかったことは、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるか否か(争点1)、②X2とZ1法人とが6月7日付けで和解合意している本件において、救済の利益は存在するか否か(争点2)が、それぞれ争われた事案である。

3 主文の要旨 <棄却>

本件申立てを棄却する。

4 判断の要旨

⑴ 争点1について

ア 本件パワハラ行為に関する会社の対応等をみると、亀戸会場の会場責任者である会社のY2は、X2から本件パワハラ行為の申出を受けたり、Z2への厳重注意の場に同席するとともに、X2に対して、Z2に厳重注意がなされた旨を伝えたりしている。また、スポーツ会館の会場責任者である会社のY3は、X2に対して、スポーツ会館への異動について意見聴取を行ったり、他の接種会場への業務応援の終了を告げたりしていることが認められる。

これらの事情をみれば、会社がX2の労務管理に何らかの関与をしていたとみる余地がないとはいえない。

イ しかしながら、亀戸会場の会場責任者である会社のY2がX2から本件パワハラ行為の申出を受けたことについては、本件パワハラ行為の加害者がZ1法人の責任看護師であるZ2であったために、会社のY2が会場責任者として赴任した際に行った看護師らとコミュニケーションを取る面談の際に、その機会を用いて申し出られたものとみるのが相当である。また、X2から本件パワハラ行為の申出を受けた会社のY2は、数日後に、X2の雇用主であるZ1法人のZ3にその旨を報告しているのであるから、会社が本件パワハラ行為の申出を受ける立場にあったとみることはできない。

会社のY2は、Z2に厳重注意がなされた旨をX2に伝えたり、Z2への厳重注意の場に同席しているものの、Z2に厳重注意を行ったのはZ1法人のZ4であることや、上記判断のとおり、本件パワハラ行為の加害者がZ1法人の責任看護師であるために会社のY2に申出がなされたといえること、さらに、Z1法人のZ3がZ2に再度の厳重注意を行い、その旨及びZ2の退職についてX2に伝えていることなどを踏まえると、本件パワハラ行為への対処はZ1法人が行っていたというべきであり、それらを会社が実質的に支配、決定していたと評価することもできない。

ウ また、接種会場にはZ1法人の責任看護師が配置されている中で、スポーツ会館の会場責任者である会社のY3が、X2に対して異動について意見聴取をしたり、他の接種会場への業務応援の終了を告げていることについては、会社がZ1法人の現場看護師に対して指揮命令をしているのではないかという疑問を抱かざるを得ないものの、会社のY3とX2との上記のやり取りのほかは、X2が従事していた日々の接種業務に係る指揮命令や他会場への応援指示などの実態について、具体的な事実の疎明がなされていない。

さらに、会社の会場責任者が、複数の企業が関わっている接種会場全体を統括して業務運営する役割を担っていたことを踏まえると、会社の会場責任者が、実態として、X2に指揮命令する立場にあったとまで認めることは困難である。

エ 次に、本件雇止めに関連するX2の採用時の事情をみると、X2の採用面接を会社が実施していることが認められるところ、この点、両社は、団体交渉や回答書において、Z1法人には人事部門がないために接種業務の人員に係る採用プロセスを会社に委託したが、採用の可否はZ1法人が決定した旨を説明している。X2の採用面接を会社が実施していることからすれば、同人の雇用が会社により決定されていたことを疑う余地はあるものの、上記事情のほかには、X2の雇用管理の実態について、具体的な事実が疎明されていない。

また、本件雇止めにおいては、Z1法人のZ3が、X2に対して雇止めを告げ、その際にX2から不満が述べられると、月末までの雇用延長とそれまでの間の就労場所について提案するなどしており、その後、Z1法人はX2との間で、雇用終了の確認などを内容とする和解の合意書を締結するに至っているのであるから、本件雇止めは、X2の雇用主であるZ1法人が決定していたとみるほかない。

したがって、X2の採用時の事情を踏まえたとしても、会社が、本件雇止めに関わる同人の雇用管理について、雇用主と同視できる程度に、現実的かつ具体的に支配、決定していたと認めることはできない。

オ 以上のとおり、X2に対する会社の会場責任者の対応や、同人の採用時の事情を踏まえたとしても、会社がX2の就労環境等を実態として支配、決定していたといえる事実を認めることはできず、また、本件雇止めはZ1法人が決定しており、会社が同人の雇用を実質的に支配、決定していたということもできない。

したがって、本件パワハラ行為に係るX2の就労環境等や本件雇止めについて、会社が雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定する地位にあったと評価することはできず、会社は、X2との関係において労組法上の使用者に当たるとはいえない。

そうすると、その余を判断するまでもなく、会社が、組合からの4年4月11日付、同月15日付及び7月6日付団体交渉申入れに応じなかったことは、正当な理由のない団体交渉拒否に当たるとはいえない。

⑵ 争点2について

争点1に係る事実が不当労働行為に当たらないことは、前記判断のとおりであるから、争点2については判断を要しない。

5 命令書交付の経過

⑴ 申立年月日   令和4年9月21

⑵ 公益委員会議の合議 令和6年20

⑶ 命令書交付日 令和6年3月28

記事ID:044-001-20241018-009435