【別紙】Z事件(平成29年不第79号事件)命令書交付について
1 当事者等の概要
⑴ 被申立人Y1(以下「Y1」という。)は、昭和20年に結成され、国内外の海運、水産、港湾業務等に従事する船員等で組織された産業別単一労働組合である。本件申立時、日本国籍組合員約2万人、外国国籍組合員約6万人が加入していた。また、平成28年8月1日時点での専従者は、執行部員109名(Y1従業員77名、他企業に在籍する者32名)、先任事務職員22名、海上技術部員1名であった。
⑵ 申立人X1(以下「X1」という。)は、Y1の専従者である従業員らが25年4月18日に結成した労働組合であり、本件申立時の組合員数は5名である。
X1は、結成以降本件申立日までに、6件の不当労働行為救済申立てを、当委員会及び石川県労働委員会に行っている。
⑶ X2は、フェリー会社に勤務しつつ、Y1の執行部員を務めていたが、同社を退職後の9年にY1の専従の執行部員となり、28年8月にX1に加入した。
X2は、23年11月1日から契約期間1年の再雇用契約をY1と締結し、Z1法人に出向して、同法人が運営する宿泊施設の事務局長として、同施設の管理に当たっていた。その後、X2は、1年毎に再雇用契約を更新されたが、27年11月1日からの契約期間1年をもって満了とし、以後の更新をされないこととなった。
⑷ X3は、昭和55年1月にY1の執行部員となったが、平成20年4月15日付けで解雇された(後に確定判決により解雇は無効とされた。)。それ以降、X3は、Y1や一部の常任役員を被告として、解雇無効確認請求等の複数の訴訟等を提起し、その過程においてX1を結成して、以来、X1の組合長を務めている。
X3は、28年9月1日から契約期間1年の再雇用契約をY1と締結し、Z2法人に出向して、同法人が運営する宿泊施設の館長として、同施設の管理に当たっていたが、その契約は、29年8月31日をもって満了とし、以後の更新をされないこととなっていた。
2 事件の概要
被申立人Y1の再雇用職員規定においては、原則として満65歳に達した日の属する月の末日で再雇用職員労働契約(以下「再雇用契約」という。)が終了する旨の定めがあるが、実際には、再雇用契約終了後も雇用を継続される従業員が存在した。
申立人X1の組合員X2は、同人が満65歳に達した日の属する月の末日である28年10月31日をもって再雇用契約が終了したが、Y1は、11月1日以降、同人の雇用を継続しなかった。
また、X1の組合長X3は、同人が満65歳に達する日の属する月の末日である29年8月31日をもって再雇用契約が終了するのに先立ち、9月1日以降の雇用継続を繰り返し求めたが、Y1は、同日以降、同人の雇用を継続しなかった。
本件は、①Y1が、X2の28年10月31日付再雇用契約終了に当たり、同人の雇用を継続しなかったことは、同人がX1に加入したこと及びX1が労働委員会に救済を申し立てたことを理由とした不利益取扱い並びにX1の運営に対する支配介入に当たるか否か、②Y1が、X3の29年8月31日付再雇用契約終了に当たり、同人の雇用を継続しなかったことは、同人がX1の組合員であること、同人が正当な組合活動をしたこと及びX1が労働委員会に救済を申し立てたことを理由とした不利益取扱い並びにX1の運営に対する支配介入に当たるか否かが、それぞれ争われた事案である。
3 主文の要旨
⑴ 文書の交付及び掲示
要旨:Y1がX1の組合員X2及び組合長X3の雇用を継続しなかったことが、東京都労働委員会において不当労働行為であると認定されたこと。今後、このような行為を繰り返さないように留意すること。
⑵ ⑴の履行報告
4 判断の要旨
⑴ Y1がX2の雇用を継続しなかったことは、同人がX1に加入したこと及びX1が労働委員会に救済を申し立てたことを理由とした不利益取扱い並びにX1の運営に対する支配介入に当たるか否かについて
ア 再雇用契約等終了年齢に達した従業員の雇用継続について
(ア) Y1には、再雇用職員又は継続雇用職員としての雇用が終了した以 降も従業員の希望で雇用が継続されるという制度は存在しない。
しかし、一方では、18年以降、再雇用契約等終了年齢に達した従業員24名のうち、少なくとも8名が臨時雇用職員として雇用されている事実が認められる。また、Y1は、本件手続において、再雇用契約等終了年齢に達した従業員がさらに雇用の継続を希望していたにもかかわらず継続しなかった事例が何件あるかについて、積極的に明らかにしていない。
(イ) Y1は、臨時雇用職員採用の一般基準を設けず、その都度、個別事情やその必要性を判断して決定しており、事例をみても、従業員の能力や資質及び職務内容、後任者の有無、出向先との関係等を考慮した上で裁量の下に判断していると理解されるが、Y1が出向者の後任を選定できなかった場合には、出向先との関係を考慮して、適宜、雇用を継続し、出向先の運営に支障を来さないよう配慮していたものといえる。
イ X2の雇用を継続しなかったことについて
(ア) Y1は、X2の出向先であるZ1法人を所管するZ3市に、X2の後任者を用意することを伝えていたが、X2との再雇用契約を終了する28年10月31日の直前である同月11日になって、後任者を手配することができなくなり、Z3市に後任者の手配を預けることとなった。Y1は、この経緯をX2に伝えることはなかった。
しかし、①28年3月の時点でZ3市の担当者は、X2の仕事ぶりを高く評価し、同人の出向の継続を希望する旨を述べていたこと及び②Y1とZ1法人との間で締結された同人の出向契約における出向期間は、その変更協議の余地は認められていたものの28年4月1日からの1年間とされていたことを踏まえると、Y1は、X2との雇用契約終了の直前で後任者を手配できなくなった以上、Z1法人やZ3市の意向を確認し、同人の雇用継続が可能であればこれにより出向者の不在を暫定的に補うのが、出向先との良好な関係を維持する観点からも当然に期待される対応であったというべきである。ところが、Y1は、10月20日以降、Z1法人やZ3市に同人の出向を継続させることについての意向を確認せず、他方、X2に対しても雇用継続の意向を打診せず、また、同人に上記情報を一切提供していない。
このようなY1の対応は、前記ア(イ)に鑑みると、極めて不自然である。
(イ) Y1は、X2は11月1日以降の雇用継続を望んでいなかったし、雇用継続の希望をY1に申し入れたこともなかった旨及びZ3市が後任者を手配することとなっていたものであってY1が同人を雇用するというのは筋違いである旨を主張する。
しかし、Y1は、別の後任者の選定が遅れた事例においては、前任者の雇用延長で対応していたにもかかわらず、X2の場合には、同人に後任者不在の状況を知らせず、雇用延長の意向確認もしないまま、Z3市に対し、後任者を手配できず、同人の雇用も継続できないと伝えて、後任者の手配を預けるという不自然な対応を行っている。そして、X2の再雇用契約終了後、Z1法人と同人とは、11月1日から29年3月31日までの雇用契約を締結しているのであるから、Y1が同人に対し、出向者の後任者を選定できなかった場合の従前の対応により雇用継続を打診していれば、同人がこれに応じた可能性は高いといえる。
このように、Y1が、雇用継続に応ずる可能性のあったX2に対し、その機会を与えずに28年10月31日をもって再雇用契約を終了させたことは、同人の身分をY1に残すことを嫌って行った不利益な取扱いであったといわざるを得ない。
ウ 労使関係の対立
20年4月のX3の解雇以降、Y1とX1又はその組合員との間には、長期にわたって複数の訴訟や不当労働行為救済申立てが係属し、Y1はこれにほぼ連続して敗訴の判決や相手方救済の命令を受け、X3は28年9月には再雇用職員としての地位を回復して復職した。
X2がX1に加入したことをY1に伝えた9月9日時点においても、再雇用契約の2年目に雇止めされたX1の組合員Z4について雇止めの無効確認等を求める訴訟の控訴審が係属しているなど、当時、Y1とX1との関係は、骨肉相食むごとくの対立状況にあった。
こうしたことに鑑みると、Y1は、X2が新たにX1に加入したことに嫌悪感を抱き、同人を排除しようとする意思を持っていたものと考えられる。
エ 以上を総合的に勘案すると、Y1が、X2の出向先に対し、後任者の手配ができないにもかかわらず、従前の対応とは異なり、これに何の配慮を示さないまま、同人に一切の連絡を取らず、同人の雇用を継続しなかったことは、同人が、激しく対立するX1に加入したため、これを排除する意思に基づいたものといわざるを得ず、同人がX1に加入したことを理由とする不利益取扱いに当たるとともに、組合員を排除することによりX1の弱体化を企図した支配介入にも当たる。
オ なお、X2の組合加入から再雇用契約が終了するまでの間に、X1が労働委員会に不当労働行為救済申立てを行った事実は認められないので、Y1の上記行為は、X1が労働委員会に救済を申し立てたことを理由とする不利益取扱いには当たらない。
⑵ Y1がX3の雇用を継続しなかったことは、同人がX1の組合員であること、同人が正当な組合活動をしたこと及びX1が労働委員会に救済を申し立てたことを理由とした不利益取扱い並びにX1の運営に対する支配介入に当たるか否かについて
ア 再雇用契約等終了年齢に達した従業員の雇用継続について
前記⑴ア(ア)(イ)のとおり、Y1においては、再雇用契約等終了年齢後の従業員の雇用をさらに継続する制度は設けられていないが、宿泊施設等に出向中の従業員が再雇用契約等終了年齢を迎えたとき、出向先、Y1の事情や必要性に応じ、職務内容や出向先との関係等も考慮して、個別に雇用継続の可否を裁量的に判断しており、少なくとも、Y1が出向者の後任を選定できなかった場合には、適宜、雇用を継続し、出向先の運営に支障を来さないよう配慮していたものといえる。
イ X3の雇用を継続しなかったことについて
(ア) Y1は、X3との再雇用契約が終了する日の3か月前である29年5月31日に、書面で、同人に対し雇用終了を確認した。X3は、6月21日の団体交渉以降、雇用の継続を強く求めたが、Y1は、これを拒否した。
(イ) Y1は、宿泊施設に在籍出向させている従業員の再雇用契約が終了する場合、後任者が見つかることを前提に、事前に雇用を継続しないことを確認するのは当然のことであり、再雇用契約終了予定者に雇用延長を申し入れるのは、後任者が見つからないといった例外的な場合にすぎないと主張する。
しかし、Y1は、X3に対し再雇用契約終了の通知をした5月31日の時点で、後任者の選定作業に入っていたか否かは不明であり、ましてや、前年10月のX2の雇用契約終了の際には、適切な後任者を選定できない事態を発生させ、出向先に少なからず迷惑を生じさせていたのであるから、この時点で、X3の雇用継続を延長しなければならない事態は全くないと判断できる状況にはなかったというほかない。そうすると、X3に対し、再雇用契約が終了する3か月前に、殊更に書面により再雇用契約の終了を告げたのは、長年にわたってY1の現執行部と対立してきた同人との雇用契約を終了させる強い意欲があったからと推測される。
(ウ) 6月21日の団体交渉の時点で、Y1が後任予定者である執行部員Z5からX3の出向先であるZ2法人への出向について内諾を得ていた可能性を完全に否定することはできないが、この日の団体交渉において、X3が雇用継続を求めたのに対し、Y1は、後任内諾者の存在に触れないまま、雇用継続は「あり得ないですよ。あり得ない。」などと発言したことも、X3の雇用継続を拒絶する強い意思が表れたものというべきである。
(エ) Y1も、再雇用予定者ではないZ5は、自らが出向することを予想していない可能性があったことから、同人に対しては再雇用予定者に対するより早い時期に出向を打診したことを認めているところ、Z5のように執行部員の中堅として地方支部副支部長を務めている者を宿泊施設に出向させる人事は、執行部員の減少による組合活動の停滞に危惧の声が上がっている近時においては極めて異例のことといわざるを得ず、現に、宿泊施設に55歳未満の現役執行部員が出向している例は、本件結審日現在、存在しない。
(オ) 一方、X3は、Z2法人の黒字化に貢献し、同法人との関係にも特に問題はなかったと認められるから、同法人への出向継続の意思を表示していたX3を排除してまで、Z5を同法人に出向させ、X3との雇用契約を終了させる措置は、その合理性に多大の疑問を抱かせるものである。前記⑴ウで認定したX3及びX1とY1との泥沼化した対立状況を踏まえると、結局、Z5の出向措置は、X3をY1から排除することを目的とした不合理な人事措置であるといわざるを得ない。
(カ) そうすると、Y1は、本来であれば、X3の後任者の手配は困難な状況であって、同人の雇用継続を検討すべきところ、合理性に疑問のあるZ5の出向措置人事を行うことによって、X3の雇用を継続しなかったものということができる。
ウ したがって、Y1が、X3の雇用を継続しなかったことは、X1の組合長である同人を確実に排除するためであったというほかなく、同人がX1の組合員であること及びX1がY1を被申立人として労働委員会に不当労働行為救済申立てを行ったことを理由とする不利益取扱いに当たるとともに、組合員を排除することによりX1の弱体化を企図した支配介入にも当たる。
⑶ 救済方法について
X1は、X2及びX3に対する賃金相当額の支払をも求めているが、X2が28年11月1日から29年3月31日までZ1法人との雇用契約により勤務を継続したこと、X3が同年9月1日から結審日に至るまでZ2法人との雇用契約により勤務を継続していること等を考慮すると、本件の救済としては、主文のとおり命ずるのが相当である。
5 命令書交付の経過
⑴ 申立年月日 平成29年10月30日
⑵ 公益委員会議の合議 令和元年12月17日
⑶ 命令書交付日 令和2年2月5日