【別紙】A事件(平成29年不第56号事件)命令書交付について
1 当事者の概要
⑴ 申立人X1(以下「組合」という。)は、平成22年4月25日に結成された、いわゆる合同労組であり、本件申立時の組合員数は229名である。
⑵ 申立人X2(以下「支部」といい、組合と併せて「組合ら」という。)は、被申立人Y1(以下「Y1」という。)に勤務するフランス語の講師らにより、21年に申立外X5の支部として結成され、22年4月に組合の支部となった。本件申立時の組合員数は25名である。
⑶ Y1は、24年9月に、Z1とZ2、Z3、Z4及びZ5とを統合して、25年に設立された法人格のない公共機関である。Y1は、東京、横浜、関西(大阪、京都)、九州(福岡)の4支部(5都市)を拠点に、フランス政府公式機関としてフランス語講座を開講し、フランス発の文化、思想、学問を発信している。
Y1の東京支部であるY3(以下「東京校」という。)の本件申立時の常勤・非常勤を合わせた講師数は約55名、事務・カフェなどの従業員数は約60名である。本件申立時、東京校の館長はY2館長、副事務局長はY4であった。
東京校の館長は、Y1の代表及び副代表の指揮監督下に置かれ、事業企画、人事、財務、建物についての東京校の管理運営の責任者である。
2 事件の概要
支部の組合員の大多数は、Y1が開講するフランス語講座等の講師である。
東京校と組合らとの労働協約には、希望する者は労働条件に係る交渉等に他の者を同行できる旨の定めがある。平成29年5月19日、当時の支部の執行委員長であったX3(以下「X3委員長」という。)及び組合員X4(以下「X4」という。)がY1との面談において、他の組合員の立会いを求めたが、Y1はこれを認めなかった。
6月24日、Y1のY2館長は、東京校の敷地の内外においてビラを配布していた組合員に対し、敷地の外で配布するように、とフランス語で述べた。
7月14日、Y1は、9月末で契約期間満了を迎える時給制非常勤講師に対し、7月11日付けで、契約の更新に関する通知書を送付した(以下「7月11日付文書」という。)。この文書において、Y1は、9月末日に契約期間満了を迎える11名の組合員中7名の組合員に対して、残りの4名の組合員と異なる労働条件を提示するとともに、11名の組合員全員に対して、期限までに返答がなかった場合には、労働契約が終了する旨を記載した。
本件は、①Y1が、29年7月11日頃、契約期間満了を迎える11名の組合員中7名の組合員に対して、残りの4名の組合員と異なる労働条件を提示したことは、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点1)、②Y1が、29年5月19日に、X3委員長及びX4と行った面談において、他の組合員の立会いを認めなかったことは、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点2)、③29年6月24日に組合らが行ったビラの配布に対するY1のY2館長の対応は、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点3)、④Y1が、組合員11名に送付した7月11日付文書に、期限までに返答がなかった場合には、労働契約が終了する旨を記載したことは、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点4)が争われた事案である。
3 主 文
本件申立てを棄却する。
4 判断の要旨
⑴ Y1が、29年7月11日頃、契約期間満了を迎える11名の組合員中7名の組合員に対して、残りの4名の組合員と異なる労働条件を提示したことは、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点1)
組合は、全組合員が従前と同一の条件で無期転換することを求めて団体交渉を開催している中で、組合員ごとに異なる労働条件を提示したことは、組合員の分断を図る行為であると主張する。
しかし、一般的にいえば、使用者が契約の更新時期を迎えた複数の有期雇用の労働者に対して異なる条件を提示することが、労働者の能力や貢献度に対する評価、将来的な業務量や業務内容の見通しなどに基づいて行われることはままあることであり、組合員に対して異なる労働条件を提示することが直ちに組合員の分断を図る行為に当たるとみることはできない。
そして、Y1においては生徒数の減少により講座収入が減少しているため、従業員の契約内容を見直す必要性があったことが認められる。Y1は、年間評価の結果、専門的価値のある講座を提供する能力が高いと判断した4名の組合員を含む8名の講師に対し、四つの選択肢を示したとしている。また、Y1は、29年9月30日に契約期間満了を迎える非常勤講師約28名のうち、4名の組合員を含む8名に対し四つの選択肢を、7名の組合員を含む約20名に対し三つの選択肢を示しているのであるから、非組合員の非常勤講師の中にも四つの選択肢を示された者と、三つの選択肢を示された者とが存在したといえる。
Y1は、7月11日付文書を通知する前の同月4日の団体交渉において、組合に対し、時給制の講師契約の具体的な契約内容について講師各位にレターを送付すること及び提案には2パターンあり、それぞれに選択肢が複数あることを提示しており、組合もこれに対して特に異議等を述べていなかったのであるから、2パターンの労働条件の提示は団体交渉の経過を無視したものとはいえない。また、7月11日付文書には1か月以上の回答期間が設けられており、組合員が組合らと検討した上で回答するだけの時間的猶予があったといえる。さらに、7月11日付文書の通知の前後を通じて、Y1は組合らとの間で団体交渉を行っており、9月28日に、10月1日以降も契約条件を団体交渉の対象とする旨の労働協約を締結した。そして、団体交渉を踏まえ、7名の組合員とY1とは期間の定めのない時給制の講師契約を締結するに至った。
これらのことに加え、Y1においては生徒数の減少により講座収入が減少していることからすれば、7月11日付文書を通知した時点において、Y1が従業員の契約内容の見直しの提案を行うこと自体には特段の不自然さ、不合理性は認められないこと、本件申立て後の事情として、7月11日付文書の通知の後も、Y1と組合らとの間の組合員の契約をめぐる団体交渉は引き続き行われていることにも鑑みれば、Y1が組合員らに7月11日付文書を通知した際に組合員ごとに異なる労働条件を提示したことについて、それが組合の分断を図る意図に基づくものであったということはできないといわざるを得ず、また、組合員の契約条件をめぐる問題について、組合との団体交渉を回避し、できる限り個人契約を中心として行うことで支部内の組合員間の団結を侵害し、支部の分裂を図ろうとした行為に当たるということもできない。したがって、Y1が組合員に対し異なる労働条件を提示したことは、組合の運営に対する支配介入に当たらない。
⑵ Y1が、29年5月19日に、X3委員長及びX4と行った面談において、他の組合員の立会いを認めなかったことは、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点2)
ア 組合は、本件面談に他の組合員の立会いを認めないことが労働協約に違反しており、支配介入である旨主張する。
21年協約第3条は「給与・労働条件全般・懲戒処分・解雇」の全ての事項に関する「重要な面談」、「重要な交渉」に他の者を「同行」させることができると定め、25年協約第2条は「給与・労働条件全般・懲戒処分・解雇」の全ての事項に関する「取り組み」、「交渉」に他の者を「同行」させることができ、「その際、立ち会いの旨は予め本部幹部に事前通告を要する」と定めている。21年協約第3条と25年協約第2条とを比較すると、同行できる対象を「重要な面談」、「重要な交渉」に限定せずに「取り組み」、「交渉」と広げる代わりに、「事前通告」を要することとしたものと解するのが自然である。よって25年協約には21年協約全体の効力についての特段の規定はないが、少なくとも21年協約のうち第3条については、25年協約第2条に置き換えられたと解することができる。
本件面談は、X3委員長については29年10月以降の、X4については30年4月以降のそれぞれの契約の更新に関するものであり、面談の数日前にY2館長からX3委員長及びX4に対して面談を実施する旨の連絡がなされたことによって実現され、面談当日には、実際に両名の契約についての話合いが行われている。以上のことに加え、両名の契約の更新は、「給与・労働条件全般」に関するものであるといえることからすれば、本件面談は「取り組み」(25年協約第2条)に該当するといわざるを得ない。
しかし、X3委員長及びX4は、本件面談の数日前に、契約に関して面談することを知らされており、本件面談日よりも前に他の組合員を立ち会わせることをY1に通告することが可能であったにもかかわらず、そのような事前通告をすることなく、本件面談の当日に他の組合員を同行したため、Y2館長は、面談直前に初めて同行者がいることを知るに至った。面談時にその場で初めて同行者を知らせることは「予め」、「事前通告」には当たらないと考えるのが通常であり、25年協約の締結経緯としてこれと異なる解釈をすべき事情が存在することも特段うかがわれない。こうしたことからすれば、Y2館長の対応が、労働協約違反であるとまでいうことはできない。
イ 本件面談の内容をみると、Y2館長は、両名に対し、契約を更新しないこと及び無期雇用はできないことを通知し、契約に関して何か提案するように言ったものの、その場で決めるように求めたりはしなかったのであるから、本件面談においては、Y1の考えを両名に伝えることに重点を置いた対応をしたものといえる。また、Y1は、本件面談の前後を通じて団体交渉を行っており、本件面談後の団体交渉を通じて各人と新たな契約を締結するに至ったことからしても、本件面談の場で確定的な取決めをしようとしたものではないことがうかがえ、組合の主張するような、団体交渉とは別に組合員と個別交渉をしようとしたということはできない。
ウ したがって、Y1が29年5月19日の面談において、他の組合員の立会いを認めなかったことは、労働協約に違反したとか、団体交渉を軽視し、組合を弱体化するものであるとはいえないので、組合の運営に対する支配介入には当たらない。
⑶ 29年6月24日に組合らが行ったビラの配布に対するY1のY2館長の対応は、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点3)
Y1において、音楽祭は、無料で一般に公開され、1日で約1,500人もの観客が集まる行事である。
6月24日に組合が配布したビラの内容は、一定の対立状況にある一方が自身の主張として記載するものとして問題があるとまでいうことはできないものであるが、組合のビラ配布行為は、上記のような音楽祭を開催している東京校の2か所の入口付近の敷地内及び敷地外において、約9名の組合員がビラ配布をしたというものであった。
これに対するY2館長の対応は、南東の入口付近において、敷地の内外でビラを配布していた組合員に対し、重要な文化行事の日にビラ配布していることに非常に驚いている、敷地の外で配布するように、と述べたというものである。これは、敷地内にいる組合員に対しては敷地の外でビラ配布するようにという敷地管理者としての正当な注意であるし、敷地外にいる組合員に対しては敷地内ではビラを配布できないことを念押しするものであるから、組合らのビラ配布活動に支障を来すものではない。実際、組合員がその後も予定時刻までビラ配布を継続し、予定をはるかに上回る枚数のビラを実際に配布しており、組合のビラ配布活動に支障はなかった。
したがって、6月24日に組合らが行ったビラの配布に対するY2館長の対応は、組合の運営に対する支配介入に当たらない。
⑷ Y1が、組合員11名に送付した7月11日付文書に、期限までに返答がなかった場合には、労働契約が終了する旨を記載したことは、組合の運営に対する支配介入に当たるか(争点4)
本件記載は、フランス語で記載されており、29年8月18日午後5時までにこの文書に対して返答がない場合、そのことは東京校に引き続き勤務することを希望されないことを意味するものとし、9月30日をもって契約は更新することなく終了となるという内容である。
一般的に、有期雇用契約の更新の際に、期限内に返答がなければ契約期間の末日をもって契約が終了するという文言を入れること自体は必ずしも不当なものとはいえない。
本件記載は29年9月末で契約期間が満了する非常勤講師全員に対し等しく通知書に添付された回答用紙に記載されていたものである。また、7月11日付文書を発する2年前の27年にも、Y1は、27年9月30日に契約期間が終了する非常勤講師に対する通知書に、本件記載と同様の内容を記載していた。こうしたことを併せ考えると、そもそも組合員を狙い撃ちしたということはできないし、組合員間の分断を図るものでもない。
さらに、Y1は、期限までに返答がなかった場合には労働契約が終了する旨を記載して通知したものの、実際には、29年8月18日の期限までに返答をしなかった7名の組合員についても、契約を終了することなく、組合らと団体交渉を行って労働協約を締結した上で、10月1日以降の契約を締結している。
以上を総合考慮すると、本件記載は、組合員・非組合員を問わず、講師に対して単に期限までの回答を促すためのものにすぎず、組合員を狙い撃ちしたものとも、組合を分断するものともいえない。
したがって、Y1が、組合員11名に送付した7月11日付文書に、期限までに返答がなかった場合には、労働契約が終了する旨を記載したことは、組合の運営に対する支配介入に当たらない。
5 命令書交付の経過
⑴ 申立年月日 平成29年7月28日
⑵ 公益委員会議の合議 令和2年7月7日
⑶ 命令書交付日 令和2年8月26日