【別紙】

 

1 当事者の概要

⑴ 被申立人法人は、昭和37年2月に設立された。法人は、新宿区の同一敷地内において、Y2、Y3、Y4(以上の施設を併せて「Y5」ともいう。)等を運営するほか、八王子市において、特別養護老人ホーム等の高齢者福祉施設及び生活保護施設を、江東区において、認可保育所を運営している。

⑵ 申立人X1(以下「地本」という。)は、平成5年11月に結成された、東京地方の福祉保育関係の職場で働く労働者が組織する労働組合であり、本件申立時の組合員数は約1,750名である。

申立人X2(以下「分会」といい、地本と併せて「組合」ともいう。)は、3年4月に結成された、法人で働く労働者が組織する労働組合であり、地本の下部組織である(結成当時は、地本の前身の労働組合の下部組織であった。)。本件申立時の組合員数は約40名である。

 ⑶ X3は、昭和58年4月からZ1で看護師として勤務を始め、平成6年4月、法人のY2に看護師として入職した。22年4月から30年3月末まで、Y3に勤続し、同月31日付けで定年退職となった。この間、X3は、6年10月に組合に加入し、間もなく分会の執行委員を務め、11年から2年間分会執行委員長を務めた。そして、2110月には再び分会の執行委員長となり、以後、約9年間にわたり執行委員長として分会活動を主導してきたが、定年退職後、組合活動に著しい困難を来すようになったとして、3012月に分会の執行委員長のポストを退き、それ以後、書記次長を務めている。また、28年9月からは、地本の執行委員も兼任していた。

 

2 事件の概要

X3は、平成6年4月、法人の運営する新宿区の特別養護老人ホームに看護師として入職し、同年10月に組合に加入し、21年からは分会の執行委員長を務めていた。

組合と法人とは、17年に施設の運営が新宿区の委託事業から法人の自主事業となって以降、賃金体系の改定や職員配置の問題等で対立した。

281123日の団体交渉後、組合が団体交渉の報告文書を分会の掲示板に掲示したところ、法人は、これに取消し線を書いたり、書き込みを行ったりした。

2910月の団体交渉で、法人は、認知症対応型通所介護を休止し、その利用者を一般通所介護事業所である同一施設内の在宅サービスセンターで一体として介護を行う体制に転換する構想を説明したが、組合はこれに反対した。

X3は、30年3月末日で65歳の定年を迎え、再雇用を希望していたが、法人は、定年を理由として同人を再雇用しないこととした。

3月、組合がX3の再雇用を要求して団体交渉が行われたが、法人は、組合側の発言者の人数を法人側の出席者数と同じ5名に絞るよう述べ、また、団体交渉の会場で組合員の写真を撮ろうとした。

7月、組合は、法人が10月から上記体制の転換を行うとしていることについて、人員の十分な補充等を求め、団体交渉を申し入れたが、法人は、文書で回答したものの、団体交渉には応じられないとし、以後、これに抗議する組合との間で書面のやり取りが続き、結局、法人が団体交渉に応じたのは、9月27日であった。

そして、法人は、10月から、上記体制の転換を実施した。

本件は、@法人がX3を定年後再雇用しなかったことが、組合活動を理由とした不利益取扱い及び支配介入に当たるか否か、A法人が、30年3月13日及び27日の団体交渉を開始するに当たり、組合の参加者や発言者の数を制限するよう求めたこと及び組合の参加者を写真撮影しようとしたことが、支配介入に当たるか否か、B組合が30年7月23日付け、8月6日付け及び同月23日付けで行った団体交渉の申入れに対する法人の対応が、正当な理由のない団体交渉拒否ないし不誠実な団体交渉に当たるといえるか否かがそれぞれ争われた事案である。

 

3 主文の要旨 <一部救済命令>

⑴ 法人は、X3を平成30年4月1日付け、31年4月1日付け及び令和2年4月1日付けで非常勤の看護職員として再雇用したものとして取り扱うこと。

⑵ 文書交付・掲示

要旨:法人がX3を定年後再雇用しなかったこと及び組合による団体交渉の申入れに対する法人の対応が不当労働行為であると認定されたこと、今後繰り返さないよう留意すること。

⑶ 上記⑴及び⑵の履行の報告

 

4 判断の要旨

⑴ 法人がX3を定年後再雇用しなかったことが、組合活動を理由とした不利益取扱い及び支配介入に当たるか否か(争点@)

() 法人は、X3を再雇用しなかった理由として、「法人では、従前から、定年退職者の再雇用はその後任が新規採用できなかった場合に限り本人に打診することとしている」(以下、この取扱いを「本件運用方針」という。)ところ、後任を採用することができたのでX3を再雇用しなかったと主張している。X3の後任が採用されたことには争いがないので、以下、法人において本件運用方針が執られていたといえるか否かについて検討する。

 () 法人の主張する本件運用方針では、後任の新規採用がかなわなかった場合に限り、年度末直前1か月前頃に初めて定年退職者に再雇用の意思を確認し、合意に至れば再雇用契約を結ぶという、後任の新規採用を再雇用に優先させる運用を行っていたとされている。

しかしながら、本件運用方針の存在は、就業規則や法人の会議録等で確認することができない。また、法人は、従前から職員、とりわけ看護師の人材確保が困難な状況にあるとの認識を示し、職員に理解、協力を求めており、かつ、ハローワーク等を通じて職員の求人を出し続け、2911月には非常勤職員の就業規則を改正して、定年後再雇用者の上限年齢を従来の70歳から75歳としていた。そのような状況の下で、定年退職者と再雇用の合意が必ずしもできるとは限らないにもかかわらず、法人は、組織の新陳代謝のため若い人材が必要であるなどとして、年度末のわずか1か月前まで定年退職者に再雇用の意思確認をしないという本件運用方針をこれまで一貫して執ってきたと主張しているのであって、かかる法人の主張は極めて不自然である。

そして、法人が主張するように、組織の新陳代謝や若い人材が必要であるというのであれば、再雇用した職員が再雇用契約を更新する際には、職員の募集を行う必要性はますます高まっているはずであるにもかかわらず、法人は、これら職員の後任の募集を総じて行っていなかった。

  () 法人は本件運用方針が執られている根拠としてZ2及びY3の非常勤看護職員Z3の後任の募集状況とされる資料を挙げ、Z2の定年退職に関し、法人は、Z3の退職後の後任をすぐには採用することができなかったので、Y2の看護職員だったZ2をY3の看護職員として再雇用したこと等を主張している。

しかし、この際の求人情報による募集は、Y2の職員の募集であるとみるのが相当であり、法人が、この募集以外には看護師を募集する求人をしていなかったことからすれば、24年度末でY3を退職した看護職員のZ3の後任をこの時期に募集していたとは、認めることができない。

法人は職員の高齢化、組織のマンネリ化や固定化を防ぐために本件運用方針を執っていると主張しているところ、もしそうであるならば、Z3の後任に定年退職を迎えるZ2を充てる前に、Z3の後任を新規募集することが求められるといえるにもかかわらず、そのような募集がなされていたとは認められない。

 () 法人は、Z4の定年退職時の同人の再雇用の意思確認の有無について、Z4が再雇用を希望していたのか否かという重要な点について、主張を変遷させている。

 () そして、少なくとも結果としては、18年から28年までの11年間の定年退職者8名のうち、7名が再雇用されており、多い者では9回の更新がなされている。

 () 以上()ないし()の検討を踏まえると、法人が本件運用方針を執っていたとの主張は、にわかに措信し難い。

イ また、法人は、X3の看護師としての資質や勤務態度等については、一切主張しておらず、法人が同人に対し在職中に業務遂行上の問題等で懲戒処分等を行った事実や、同人に再雇用することができない健康上の問題があった事実もうかがえない。

しかし、法人は、X3の退職後、同人の後任が退職するなど看護師の採用が困難となり、新規採用よりも経費がかさむ派遣の看護師を受け入れざるを得ないほど追い込まれていたにもかかわらず、X3の再雇用の要求を拒否し続けた。

ウ 当時の労使関係についてみると、新宿区からの借入金の返済方針や給与規程の改定、本件一体化を巡って分会がこれらについて反対する姿勢を貫き、また、非常勤職員就業規則の改正に当たっても法人が組合の求める改正内容の新旧対照表の提示を拒否するなどして、労使間では緊張が高まっていた。そして、この時期に、執行委員長として上記のような法人の方針に反対する分会活動を主導してきたのがX3であったことからすると、法人が、分会活動の中心人物である同人を疎ましく思っていたことは容易に推認できるところである。

加えて、このことは、法人が、X3が法人の介護職員の募集に応募した際の面接において、法人の面接官がX3の定年退職後に労使間で争いとなっていたX3の施設内への立入りに関する質問をしたり、「面接の質問を持ち帰るとの組合的な発言あるママ」などと評価したりしていることによっても裏付けられるといえる。

そして、法人が、通常、三、四か月前から定年退職者の後任の募集を行っていると主張しているところ、法人がX3の後任の看護師のものであるとする募集は、年度末から約半年も前の10月から行われていたのであるから、法人が、X3の定年退職に当たって、是が非でも同人を法人から排除しようと殊更な対応を執っていたことが強くうかがわれる。また、X3の後任として採用された准看護師がわずか1年余りで退職した際に、法人が組合からのX3の再雇用の要求に応ぜず、人件費の割高な派遣看護師を受け入れるようになったことも、このような法人の姿勢の表れであるといえる。

エ 以上の検討からすると、法人が主張する本件運用方針が実際に執られていたとみることは到底できず、法人では、定年退職者が再雇用を希望する場合には、それを尊重する運用がなされていたとみるのが相当である。それにもかかわらず、法人がX3の再雇用を認めなかったのは、当時分会の執行委員長として、法人の方針に反対する分会活動を主導していたX3を再雇用しないことにより同人を職場から排除し、もって組合の勢力を減殺するためであったといわざるを得ない。

  したがって、法人がX3を定年後再雇用しなかったことは、同人の組合活動を理由とした不利益取扱いに当たり、また、組合の運営に対する支配介入にも当たる。

⑵ 法人が、30年3月13日及び27日の団体交渉を開始するに当たり、組合の参加者や発言者の数を制限するよう求めたこと及び組合の参加者を写真撮影しようとしたことが、支配介入に当たるか否か(争点A)

3月13日及び27日の団体交渉は、それまでの団体交渉と比較して組合側の出席者数が極めて多く、それまでの団体交渉に出席していなかった友誼団体の役員等も出席していた。したがって、法人が、平穏な団体交渉が行われるのかという懸念を抱いたとしても無理からぬものがあるといえる。

そして、一般に、法人が団体交渉の参加人数や発言者数について組合に希望を述べること自体が直ちに不当労働行為に当たるわけではない。また、組合に写真撮影してもよいかと尋ねたことは、団体交渉の円滑な進行に水を差すものであったとはいえ、やはり、それ自体が直ちに不当労働行為に当たるとまではいえない。

また、法人は、団体交渉が開始された後は、組合側の参加人数や発言者数についてこれを制限するよう求めるなどしておらず、団体交渉の進行が実質的に妨げられた事情もないし、写真撮影についても組合がこれを拒否すると、撮影を強行するなどの行動には出ていない。

そうすると、法人が、30年3月13日及び27日の団体交渉を開始するに当たり、組合の参加者や発言者の数を制限するよう求めたこと及び組合の参加者を写真撮影しようとしたことは、支配介入に当たるとまではいえない。

⑶ 組合が30年7月23日付け、8月6日付け及び同月23日付けで行った団体交渉の申入れに対する法人の対応が、正当な理由のない団体交渉拒否ないし不誠実な団体交渉に当たるといえるか否か(争点B)

組合は、法人に対する7月23日付要求書で、認知症対応型通所介護事業の一般の通所介護事業への一本化(以下「本件一体化」という。)を10月に控え、人員の募集の現状と今後の計画を明らかにすること等を要求し、要求に対する回答及び団体交渉の開催を求めた。これに対し、法人は、7月26日付回答でいずれの要求も団体交渉を義務付けられている事項に当たらないとして、団体交渉には応じられない旨を回答している。しかし、組合は、法人の7月26日付回答に対し、8月6日、職員の補充がその減少に追い付かない状況は組合員の労働条件に関わる問題であるとして、団体交渉に応じない法人に抗議し、改めて団体交渉を申し入れていることからすると、組合は、本件一体化を控え、法人に対し、喫緊の極めて重要な問題として職員の補充を始めとする職場の労働条件や労働環境に関わる諸課題について要求していることがみて取れる。

それにもかかわらず、法人は、8月15日付けの書面で、人員確保に係る組合の要求が判然としない、定年退職や契約更新の上限となる職員を除き雇止めしないということは労使間で交渉済みであるとして、団体交渉に応ずる必要性がないと主張した。これに対し、組合は、8月23日付けの書面で、人員配置について詳細に質問事項や要求事項を記した上で団体交渉を申し入れたが、法人は、9月4日付けの書面で、組合の質問事項や要求事項に書面で回答するも、団体交渉の要求については触れてすらいない。

9月12日に、組合が、サービスセンターの人員補充等について改めて団体交渉を申し入れたところ、法人は、翌日、同月4日の書面で回答済みであるとしつつも、同月27日であれば団体交渉に応ずることが可能であるとようやく回答するに至った。

そして、団体交渉が行われたのは、本件一体化の実施の直前である9月27日であって、7月23日の申入れから数えて2か月以上経過した後であった。本件一体化を目前に控えた時期に団体交渉を行い、労使で協議をしても、現場の体制の見直し等を行うことは極めて困難であり、実際に、9月27日の団体交渉では、それまでの職員募集の取組に係るやり取りに終始し、本件一体化に伴う現場の体制についての具体的な交渉は行われていないが、法人はそうした状況の下で10月に本件一体化を実施した。

以上のような法人の一連の対応は、むしろ、本件一体化の直前まで交渉の機会を引き延ばし、事実上、組合の要求をくむことなく本件一体化の実施に踏み切ろうとしていたと評価されても致し方ないものであるから、団体交渉の拒否に当たるといわざるを得ない。

したがって、組合が30年7月23日付け並びに8月6日及び23日付けで行った団体交渉の申入れに対する法人の対応は、正当な理由のない団体交渉の拒否に当たるというべきである。

 

5 命令書交付の経過 

 ⑴ 申立年月日     平成301114

 ⑵ 公益委員会議の合議 令和2年10月6日

 ⑶ 命令書交付日(発送)令和2年1125