【別紙】

 

1 当事者の概要(数字は全て本件申立時)

   被申立人Y1(会社)は、肩書地に本社を置き、住宅型有料老人ホーム等を運営して施設介護・訪問介護・通所介護などを行っている株式会社であり、従業員数は約170名である。会社にはY2(沼津事業所)という名称の老人ホームがあり、沼津事業所の従業員数は合計31(正社員16名、パート社員15名)である。

   申立人X1(組合)は、肩書地に事務所を置き、主に中小企業の労働者が企業の枠を越えて個人で加盟している、いわゆる合同労組であり、平成24年4月に結成された。組合員数は約300名である。組合には静岡支部があり、同支部は沼津事業所の従業員の過半数(31名中25名)で組織されている。

 

2 事件の概要

組合は、会社の沼津事業所において、従業員の過半数が加入する支部を組織しており、平成29年3月以降、組合と会社とは、団体交渉を行って36協定を締結するなどしてきた。

3012月1日、組合は、会社に対し、春闘要求書により団体交渉を申し入れ、組合と会社とは、12月中に団体交渉を3回行ったが、パート社員である組合員への賞与支給について交渉が決裂したため、組合は、31年1月以降の36協定締結を拒否した。団体交渉は31年3月5日にも行われたが、労使合意には至らなかった。

4月15日、会社は、組合が法で義務付けられた要件を満たしていない法外組合であると内部告発をされており、組合と締結した36協定の有効性には疑義があるなどと指摘する書面を、社内の別組合の上部団体から受け取った。そして、会社は、インターネット上に「大会が不存在であり、代表者を欠き、法外組合である」などの組合に関する書き込みがあるのを確認した。

4月17日、25日及び令和元年5月1日、組合は、会社に対し、パート社員である組合員への賞与支給等について団体交渉を申し入れた(本件団体交渉申入れ)が、会社は、組合に対し、平成31年4月24日付け、30日付け及び令和元年5月14日付けの回答書を送付して組合の大会開催手続などに係る具体的な説明を求め、組合が法適合組合であると確認できた後に調整するなどとして、団体交渉に応じなかった。

本件は、会社が、本件団体交渉申入れに対し、大会開催手続など組合の内部運営についての具体的な説明を求め、その説明がないことを理由に団体交渉に応じなかったことが、正当な理由のない団体交渉の拒否及び支配介入に当たるか否かが争われた事案である。

 

3 主文の要旨 <全部救済命令>

⑴ 会社は、平成31年4月17日付け、25日付け及び令和元年5月1日付けで組合が申し入れた団体交渉に誠実に応じること。

⑵ 会社は、組合が団体交渉を申し入れたときは、組合が大会開催手続など組合の内部運営について具体的に説明しないことを理由に拒否しないこと。

 

4 判断の要旨

⑴ 組合の資格について

当委員会による組合の資格審査の結果、組合には、以下のとおり、労働組合法(労組法)第2条及び第5条第2項違反は存在せず、法適合組合と認められる。

ア 法適合組合の要件

労組法第2条は、この法律で「労働組合」とは、「労働者が主体となつて自主的に・・・組織する団体・・・をいう。」とし、同法第5条第2項は、労働組合の規約に規定すべき事項を定めている。そして、労組法第5条第1項は、同法第2条及び第5条第2項の要件を満たさない労働組合は、労組法に規定する手続に参与する資格を有せず、同法に規定する救済を受けられないとしている。

イ 労組法第2条の「自主性」の要件について

労組法第2条の趣旨は、労働組合が労働者の真の利益を代表して活動・交渉を行う組織たり得るために、使用者からの「独立性」を求めることにある。組合の規約等によれば、使用者からの独立性は確保されており、ほかに使用者からの独立性を疑わせる事情は何ら存在していないのであるから、規約どおりの運用がされていないことをもって、直ちに「自主性」を満たしていないとまではいうことができない。

ウ 労組法第5条第2項の「民主性」の要件について

労組法第5条第2項において、「組合員は、その労働組合のすべての問題に参与する権利及び均等の取扱を受ける権利を有すること」(第3号)、「その役員は、組合員の直接無記名投票により選挙されること」(第5号)、「総会は、少くとも毎年1回開催すること」(第6号)などが、労働組合の規約に規定すべき事項と定められた趣旨は、「民主性」、すなわち労働組合における公正で民主的な運営を確保することにある。しかし、上記条項は、その規定文言からも明らかなとおり、組合規約にこれらの事由を定めた規定を含むことを求めているものであって、規約どおりに運用がなされていないからといって、直ちに「民主性」の要件を満たしていないとまではいうことができない。そうでなければ、公権力が組合運営に立ち入ってその実施状況を調査することになり、組合自治に対する過剰な介入になると考えられたからであり、組合の規約の記載内容そのものに労組法第5条第2項の不備がない以上、同条項の「民主性」の要件を欠いているともいえない。

⑵ 団体交渉拒否について

会社が問題視する組合の自主性や民主性に関する事項は、組合の内部運営に係る事柄であるから、以下に述べるとおり、団体交渉を拒否する理由にはならない。

ア 本件団体交渉申入れ当時、組合の自主性に立ち入ってまで組合に説明を求める必要性は会社には存在しなかったこと

会社は、組合と会社とが団体交渉を行って、36協定を締結するなどしている以上、会社が、執行委員長は組合規約に基づいて選任されているのか、また、組合が法適合組合であるのかなどについて組合に説明を求めたのは当然であると主張する。

組合内において、会社の従業員ではない一部の組合員が組合の大会運営手続に異を唱えていたこと自体は事実であったとしても、当時、その主張内容の真偽まで明らかだったとはいえないこと、仮に組合の大会運営手続違反が事実であったとしても、組合が追認する余地は残されていることからすると、この事実によって、当時、組合と会社とが団体交渉を行ったり、36協定を締結することに具体的な支障が生じる状況にあったとまでいうことはできない。

逆に、このような会社の主張を許せば、組合内部の紛争に決着が付くまで、組合は労組法上の権利を行使できなくなってしまい、組合員である労働者の保護にも欠け、不当な結果をもたらすことになるといわざるを得ない。

他方、本件団体交渉申入れ当時、執行委員長を代表者とする組合が、同事業所の組合員のために会社と団体交渉を行う立場にあることを疑うに足りる具体的な事情は何ら存在しない。

以上のことから、本件団体交渉申入れ当時、会社が出所の分からない伝聞や、ネット上の書き込み等から組合の法適合性について疑義を抱き、それが事実であれば、会社と組合との間の過去の36協定の有効性、各種協定の締結主体性、組合の代表者は誰かという問題に、将来影響が及ぶ可能性もあるというだけでは、会社にとってはこれまでと同じ交渉相手である執行委員長を代表者とする組合と会社との団体交渉の開催自体を否定すべき現実かつ具体的な事情があったとまでは認められない。

イ 組合を被告とする組合大会決議の不存在確認等の訴訟において会社が裁判所から訴訟告知を受けたとしても本件の結論に影響はないこと

会社は、執行委員長が組合の代表者資格を有するかについて、会社には利害関係があると主張する。

しかし、当該訴訟の帰すうが、会社と組合との間の過去の36協定の効力や今後の各種協定の締結主体となり得る組合の代表者は誰かという問題に影響を与える可能性があるという点で会社に利害関係はあるとしても、当該協力要請や訴訟告知は、本件申立て後に行われたものであり、上記アのとおり、本件団体交渉申入れ当時も、本件調査手続終了時も、争点となっている組合の大会運営手続等に係る事実の真偽は明らかになっておらず、ほかに組合の代表者の資格を否定し、正統に組合を継承している等の主張をしている団体等も存在していない。会社の従業員ではない一部の組合員が組合の大会運営手続に異を唱えていたというだけでは、これが直ちに、上記アの判断を左右するものではない。

ウ 執行委員長名義による団体交渉申入れに対し会社には団体交渉応諾義務があること

会社は、組合の大会運営手続等の問題を指摘して、そもそも組合は法不適合組合であり、また、執行委員長はその代表者としての資格を有しないから、組合は執行委員長名義による団体交渉申入れはできないし、会社に団体交渉応諾義務はないとも主張する。

しかし、上記アのとおり、本件団体交渉申入れ当時も、本件調査手続終了時も、争点となっている組合の大会運営手続等に係る事実の真偽は明らかになっておらず、ほかに、組合が、沼津事業所の組合員のために、執行委員長を代表者として会社と団体交渉を行う立場にあることを疑うに足りる具体的な事情は存在していない以上、上記主張は認められない。

なお、会社は、組合が本件審査手続の中で組合規約に従った代議員の選出手続を行っていなかったことを認めたと指摘するが、組合が内部規約に違反して代議員を選出したとしても、それは単に内部規約違反にとどまり、その解決は組合の自主性に委ねられるべきものであるから、それが直ちに執行委員長の代表者資格や組合の法適合性に影響を与えるものとはいえない。

⑶ 支配介入について

団体交渉の開催自体を否定すべき現実かつ具体的な事情があったとまでは認められないにもかかわらず、組合の内部運営に立ち入った会社の対応は、本来使用者が立ち入るべきではない組合の自治に介入しているものといわざるを得ない。これは、会社が、組合の自主的な組織運営・活動に介入し、組合の代表者資格を否定することにより組合を弱体化させる行為にほかならない。

⑷ 結論

以上のとおり、会社が、本件団体交渉申入れに対し、大会開催手続など組合の内部運営についての具体的な説明を求め、その説明がないことを理由に団体交渉に応じなかったことは、正当な理由のない団体交渉の拒否に当たるとともに、組合の組織運営に対する支配介入にも該当する。

 

5 命令書交付の経過

 ⑴ 申立年月日     令和元年6月3日

 ⑵ 公益委員会議の合議 令和3年1月19

 ⑶ 命令書交付日    令和3年3月11