【別紙】

 

1 当事者の概要

(1) 被申立人会社は、フランス共和国にある親会社の日本法人であり、クリスタル・ガラス製品や香水の製造、輸入及び販売等を業としている。令和4年1月頃の従業員数は、約40名である。

(2) 申立人組合は、主に東京の中小企業で働く労働者などを中心に組織する、いわゆる合同労組であり、本件申立時の組合員数は約900名である。

 

2 事件の概要

 会社に令和2年7月に入社したXは、会社の店舗で勤務していたが、4年2月1日、会社は、Xに対し、3月3日付けで解雇するとの解雇予告通知を行った。

 2月1日、Xは組合に加入し、同日、組合は、会社に対し、Xの解雇撤回などを求めて団体交渉を申し入れた。これに対し、2月9日、会社は、団体交渉の候補日は3月17日以降とする、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策のため、対面ではなくリモート会議による交渉としたい旨を回答した。2月13日、組合は、対面での交渉を求めた。これに対し、2月17日、会社は、団体交渉の候補日に3月16日を加える、リモート会議による交渉としたい旨を回答した。

 2月22日、組合は、会社に対し、Xの解雇日前に団体交渉の日程調整をしないことには抗議するが、3月3日までの団体交渉開催が困難であれば、会社が候補日として示した3月16日及び29日に団体交渉を行うことを求め、また、対面での団体交渉ができない根拠を示すことを求めた。これに対し、3月3日、会社は、団体交渉は3月16日及び29日に行う、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策のため、会社のルールとしてリモート会議による交渉とすると回答した。3月10日、組合は、会社に対し、3月16日及び29日にリモート会議による団体交渉を行うことは承知したが、団体交渉は、対面で直接話し合う方式が最も適当であり、リモート会議による団体交渉は「補充的な手段」である旨の認識を示した。その後、3月11日、組合は、本件不当労働行為救済申立てを行った。

  本件は、組合からの令和4年2月1日付及び22日付団体交渉申入れに対し、会社が対面での団体交渉には応じていないことは、正当な理由のない団体交渉拒否に該当するか否かが争われた事案である。

 

3 主文

   本件申立てを棄却する。

 

4 判断の要旨

⑴ 会社がリモート会議による団体交渉を求めたことについて

ア 本件申立てまでには、組合と会社との対面での団体交渉は行われていない。そこで、本件において、組合が対面での団体交渉を求めたことに対し、会社がリモート会議による団体交渉の開催を提案し、本件申立時までに、対面による団体交渉に応じていないことが、正当な理由のない団体交渉拒否に該当するか否かを検討する。

イ 組合の4年2月1日団体交渉申入れから本件申立てまでの間の状況として、1月21日から東京都内全域が、まん延防止等重点措置の対象区域とされ、3月21日まで延長され、その間、不要不急の外出・都道府県間の移動自粛、テレワークの推進などが要請された。

ウ 組合は、団体交渉は直接会見することが原則、かつ、基本であり、直接会見しないやり取りは団体交渉ではなく、本件において、リモート会議による団体交渉が認められる余地はないと主張する。

エ しかし、団体交渉は直接会見することが原則、かつ、基本であるとしても、本件における具体的な事実関係として、組合と会社との間では、団体交渉の開催方式などのルールは存在せず、このことに加え、組合が団体交渉を申し入れた4年2月頃(2月1日及び22日)はまん延防止等重点措置期間中であったこと、及び会社では新型コロナウイルス感染症に感染する者が続出したことを踏まえると、会社が、組合への回答書で、感染拡大防止のためにリモート勤務を実施していることなどの一応の事情を述べた上で、日程の追加も行いつつ、会社ルールに基づいて、対面に代わる手法として、リモート会議による団体交渉を提案したことには相応の理由があり、このこと自体が不合理で、一方的な条件の押付けであったとまではいえないし、団体交渉そのものを拒否した対応であるともいい難い。

オ また、会社が、リモート会議による団体交渉に執着して引き延ばしを図るなどの様子もみられず、そのほかに、本件申立時までに、組合と会社との間の団体交渉をリモート会議によって行うことで支障が生じ得るといえるほどの事情はうかがわれない。

カ 他方、組合は、感染防止対策を講ずる旨提案して対面での団体交渉を求めつつも、留保付きとはいえ会社との間でリモート会議による団体交渉の開催に合意し、その日時まで決めていた。しかし、その団体交渉が行われる前に、組合は本件申立てを行っている。

キ なお、組合は、会社が対面での団体交渉に応じない理由を、後に、社長が遠方に在住又は業務従事をしているという理由に変化させたとも主張する。しかし、社長が遠方の在住地で業務従事をすることは、当初組合に対して説明していなかった事情はあるものの、会社における新型コロナウイルス感染症の感染防止対策をより徹底した結果であり、まん延防止等重点措置期間中の要請に応じたものであって、会社が当初から理由として挙げていた感染防止対策の一環であるということができ、理由が変化したとまではいえない。

⑵ 会社ルールに関することについて

ア 組合は、組合が感染防止対策を講ずる旨提案しても、会社は、対面会議を禁止するなどの会社ルールの存在を理由に対面での団体交渉に応じなかったが、同ルールが書面などで示されていないから信用するに足りない、仮に、同ルールが事実であったとしても、親会社が同ルールを示したとされる2年3月頃と組合が団体交渉を申し入れた4年2月頃とでは状況が異なっていたはずであるから、対面での団体交渉に応じない理由にはならないと主張する。

イ しかしながら、会社ルールは、社会における新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けた、会社の業務に係る対応方針を示すものであり、実際に、会社は、本社スタッフに実行させていたのであるから、書面などの形式で残っていないとしても、同ルール自体が存在しなかったということまではいい難い。また、4年2月頃であっても、東京都内で、不要不急の外出自粛、テレワークの推進などがまん延防止等重点措置で要請されていたことから、会社ルールが継続、維持されていても何ら不自然ではない。

⑶ その他本件申立て後の事情

ア 組合は、新型コロナウイルス感染症の感染防止対策として行動制限が緩和又は解除された後でも、会社は対面での団体交渉に応じようとしなかった、後のリモート会議による団体交渉での社長の態度は不誠実極まりないとも主張する。

イ しかしながら、上記各主張は、本件申立後の事情であることや後日の会社の交渉態度を問題視する点であることに加え、第2回団体交渉までをリモート会議で行うことは、まん延防止等重点措置期間中に既に決めていたこと、第1回から第3回までのリモート会議による団体交渉では、組合の要求に対する会社の回答がなされ、期日間での書面のやり取りによる補足があり、それによって会社側出席者の追加に係る日程の変更や団体交渉での質疑応答がなされるなど、一応のやり取りが行われている様子がみられること、そのほかにリモート会議によって団体交渉の進行に著しい支障が生じた事情もうかがわれないことから、上記組合の各主張は、本件申立時までのことに係る判断を左右しない。

⑷ 結論

ア 本件申立てまでには、組合と会社との対面での団体交渉は行われていない。しかし、組合からの申入れ時点では団体交渉ルールが存在していなかったことに加え、当時は、まん延防止等重点措置期間中であり、会社ルールを実行していたなどの状況で、会社が、組合に対し、対面に代えてリモート会議による団体交渉を提案したことには相応の理由があったといえるし、組合もその提案に応じている。会社が、リモート会議による団体交渉に執着して日程の引き延ばしを図った様子はうかがわれず、そのほか、本件申立時までに団体交渉をリモート会議で行うことによって支障が生じ得るといえるほどの事情はうかがわれないし、後に会社が、対面での団体交渉に応じなかった理由を変えた事情もうかがわれない。これらのことから、本件では、会社が、組合に対し、全く合理性や必要性を示すことなく対面での団体交渉を拒否した上で、単にリモート会議による団体交渉に執着してそれ以外には応じないとの対応をしたものと評価することは適当ではなく、組合の各主張を採用することができない。

イ 以上のとおり、本件における具体的な事実関係の下では、会社が、本件申立時までに、組合との対面での団体交渉に応じていないことは、正当な理由のない団体交渉拒否に該当するとまではいえない。

 

5 命令交付の経過

 (1) 申立年月日      令和4年3月11

 (2) 公益委員会議の合議  令和5年11月7日

 (3) 命令書交付日     令和5年1213