【別紙】

 

1 当事者の概要

⑴ 申立人全労連・全国一般労働組合東京地方本部(以下「東京地本」という。)は、肩書地に事務所を置き、東京圏内の労働者が職種、業種、雇用形態に関わりなく加盟し、一般産業及び中小企業の労働者の労働条件向上を目的とする労働組合である。

⑵ 申立人全労連・全国一般労働組合東京地方本部一般合同労働組合(以下、「一般合同労組」といい、東京地本と併せて「組合」という。)は、肩書地に事務所を置き、業種を問わず多様な雇用形態で主に東京で働く労働者を組織する個人加盟の労働組合であり、東京地本に組織加盟している。

また、一般合同労組には、被申立人社会福祉法人賛育会 賛育会病院の職員によって構成される賛育会支部があり、本件申立て時点の支部組合員数は20名弱である。

⑶ 被申立人社会福祉法人賛育会(以下「法人」という。)は、肩書地に主たる事務所を置く、高齢者福祉施設、医療・保健事業(病院や診療所等)の運営などを行う社会福祉法人である。

⑷ 被申立人社会福祉法人賛育会 賛育会病院(以下「病院」という。)は、内科、外科、産婦人科、小児科等を開設し、法人が運営する医療機関であり、令和3年4月時点の職員数は517名である。

 

2 事件の概要

被申立人病院で就労していたX1は、平成20年4月頃、組合に加入し、31年3月に賛育会支部の副支部長に、令和3年1月に支部長に、それぞれ就任した。

3年1月、X1は、翌4年1月の定年退職日以降の再雇用を希望する旨を法人に伝達し、3年3月には、組合も、賃上げなどの春・夏季の要求事項とともに同人の再雇用条件に関する団体交渉の開催を求めたが、法人は、同人に係る再雇用要求を拒否する旨を回答した。

その後、組合が、X1の再雇用要求等の議題について改めて団体交渉を申し入れたところ、6月21日に団体交渉が開催されるとともに、次回の団体交渉を7月19日に開催することで一旦は労使間の合意が成立した。

しかし、新型コロナウイルス感染症に係る緊急事態宣言が7月12日に発令されたことに伴い、法人は、組合に対し、対面による団体交渉の自粛を書面で要請し、上記宣言が終了(9月30日)した後の1015日まで、対面による団体交渉は開催されなかった。

本件は、@法人によるX1に係る定年後再雇用要求の拒否は、組合員であること若しくは組合の正当な行為をしたこと故の不利益取扱い又は支配介入に該当するか否か、A法人による3年7月10日付、同月19日付、8月6日付及び9月17日付書面回答(以下、これらの回答を併せて「本件各団交回答」という。)は、正当な理由のない団体交渉拒否に該当するか否かがそれぞれ争われた事案である。

 

3 主文の要旨 <一部救済命令>

⑴ 法人は、X1を令和4年1月24日付けで有期契約職員として再雇用したものとして取り扱うこと。

⑵ 法人による文書交付及び掲示(要旨:X1の定年後再雇用要求を拒否したことが不当労働行為と認定されたこと。今後繰り返さないよう留意すること。)

⑶ 法人による前各項の履行報告

⑷ 病院に対する申立ての却下

⑸ その余の申立ての棄却

 

4 判断の要旨

⑴ 病院に対する申立てについて

組合は、病院について救済命令を受ける対象とすべき旨を主張するが、法人が運営する医療機関の一つである病院は、法人の構成部分であって、法律上独立した権利義務の主体とは認められないことから、被申立人とはなり得ず、病院に対する申立ては却下を免れない。

⑵ X1に係る定年後再雇用要求の拒否について

ア 本件においては、組合と法人との団体交渉は平成24年頃から開催されなくなっていたところ、30年5月のX1の組合加入公然化を契機として団体交渉が再び実施されるようになったこと、31年1月にX2ら5名が組合に加入し、複数回の団体交渉を経てX2らの労働条件等に関する組合要求がおおむね実現したこと、組合による度重なるX1の理学療法士復帰要求に法人が応じず労使間で見解が対立していたこと、X1が令和元年6月に支部組合員唯一の正職員として三六協定に係る過半数代表者選挙に立候補し、最終的には話合いで代表者に選出されたこと、2年2月には少なくとも平成20年以降において賛育会支部には在籍していなかった看護師が組合に加入したことなどから、X1の公然化を契機として、組合への新規加入者が増加し、組合の活動が再開・活発化したものと認められる。

さらに、令和2年4月以降、新型コロナウイルスの感染が拡大する状況においても、支部は度重なる団体交渉申入れ、団体交渉の開催等を行っていること、改正高年齢者雇用安定法が施行されたことを受けて、65歳に達した全職員の70歳までの雇用継続を要求したこと、組合が当委員会へのあっせん申請を2回実施したことなどが認められ、支部による活発な組合活動の展開に伴い、労使間で緊張が高まっていたことがうかがえる。

これらの経緯から、X1の公然化以降、同人が活発な組合活動を展開する賛育会支部の中心的存在として重要な役割を担っていたことが認められるとともに、同人が支部において中心的地位にあったかどうか知る由もなかったなどとする法人の主張は不自然であり信用できず、法人が、支部の組合活動の中心人物である同人の存在を疎ましく思っていたことを容易に推認することができる。

イ 加えて、法人は、定年後再雇用要求拒否回答以前に、X1が賛育会支部の支部長であることを認識できる状況にあったこと、同人は定年退職時点においても賛育会支部の支部長であったことなどが認められる。

ウ 法人は、X1は65歳となったことから定年退職となっただけであり、定年退職後に再雇用しなかったことは組合員であることを理由とするものではない旨を主張する。

() X1が定年退職日の1年前である3年1月に「再雇用希望通知書」を法人に提出し、組合も同人の再雇用について団体交渉の開催を要求したことに対し、法人は、4月2日付回答書により、同人の定年後再雇用要求を拒否する本件再雇用回答Tを、6月23日付回答書により、X1が業務遂行に際して事故、ヒヤリハットを頻繁に起こしており、理学療法士としての業務を任せることはできないと判断するに至っている旨などを内容とする本件再雇用回答Uを、8月25日付回答書により、同人について昨年度だけで7件のインシデントリポートがあるとともに3年間で計32回の遅刻がある旨、同人の勤務態度に対し不満を漏らすスタッフが後を絶たず、何度も上司が指導・面談を実施したが改善しない旨などを内容とする本件再雇用回答Vをそれぞれ行った。

しかしながら、法人は、本件再雇用回答Vにおいて、7件のインシデントリポートがある旨、3年間で計32回の遅刻がある旨を述べており、本件再雇用回答T以前の段階でこれらの事情を把握していたものと推認されるにもかかわらず、本件再雇用回答Tにおいて、これらについて何ら言及していない。また、本件再雇用回答Vの後に、組合が、同人に対する評価は事実に基づかないものであるとして再評価を行うことを要求したことに対し、法人は、9月17日付回答書により、事実に基づき適正に評価した結果を反映したものであるため再評価をする必要性がないとのみ述べて具体的な回答を行わず、11月1日付回答書において、定年退職者に再雇用請求権は存在しないこと、病院が再雇用を希望しないことについて合理的な理由を説明する義務はないことなどを回答した。

そして、本件の審査においては、定年後再雇用要求に応じなかった理由として、本件再雇用回答Uで摘示した事故及びヒヤリハット、本件再雇用回答Vで摘示したインシデントレポート及び遅刻に関する主張そのものを行っていない。

このように、法人は、定年後再雇用の要求に応じなかった理由として、一旦は事故、ヒヤリハット、インシデントレポート及び遅刻の存在を挙げつつも、組合からの事実に基づかないとの反論があると、具体的な回答をすることなく、本件再雇用回答Tと同旨の定年退職という形式的理由を再度述べるというように変遷しており、法人が行ったX1に係る再雇用要求拒否理由の説明は一貫性を欠くものといわざるを得ない。

() X1は、本件申立て時点において、法人事務局付介助員として病院に出向していたところ、@4年3月時点において、法人には65歳以上の有期契約職員が少なくとも273名在籍しており、3年4月時点の職員数が約2,000名であることを考慮すると相当数の割合の65歳以上の職員が存在すること、加えて、A平成25年から令和3年までの間、病院の正職員の定年退職者9名のうち半数を超える5名が再雇用されていることが認められるところ、これらの事実は本件申立て後に当委員会が審査を行う過程で明らかにされたものであって、法人が、X1の定年退職前に組合に対して説明を行った事実は認められない。

() 法人は、過去に定年退職した職員を再雇用したケースは存在するが、それは、特別な資格や技術を有する職員で、同じ資格や同等のスキルを有する人材を直ちに採用できない場合や人員不足等のやむを得ない事情がある場合に限られる旨を主張するが、上記()A記載の5名に係る再雇用の理由としては、「一時的措置」、「手先が器用」、「なかなか採用が困難」など、再雇用の可否という重要な決定を行う際の基準として必ずしも具体的でなく恣意的な考慮が入り得る理由を挙げている。

() 本件の審問におけるX1再雇用の必要性に係る確認の経緯に関する病院事務部長の陳述については、不自然であり信用性を欠くものであるといわざるを得ない。

() 上記()ないし()のとおり、法人が行った再雇用要求拒否理由の説明は一貫性を欠くものであること、65歳以上の職員の雇用実態に関する具体的な説明を組合に行っていなかったこと、病院の正職員定年退職者5名の再雇用について、必ずしも具体的でなく恣意的な考慮が入り得る理由を挙げていること、病院事務部長の陳述は不自然であり信用性を欠くものであることから、X1の再雇用要求に対する法人の一連の対応は、慎重かつ的確な手続を経たものとは認められず、最初から再雇用拒否の結論を決めていたことが強くうかがわれる。

() そして、前記アのとおり、X1が支部において中心的地位にあったかどうか知る由もなかったなどとする法人の主張は不自然であり信用できず、法人が同人の存在を疎ましく思っていたことが推認できることに加えて、X1が定年退職後も支部長として活動を継続しているところ、法人は、同人の定年退職に伴い、同人の病棟等への立入りを制限するようになったため、「組合ニュース」配布やアンケート回収が困難となり、この結果「組合ニュース」の配布部数が減少するなど、同人の組合活動に影響が生じたことが認められ、法人に同人と職員との接触を避ける意図があったことが疑われる。X1公然化後の同人による情宣活動を契機として組合への新規加入者が増加し、活発な組合活動が展開されるようになった経緯をも考慮すると、法人が同人に係る再雇用要求を拒否した理由は、同人が公然化以降において活発な組合活動を行ったことにあると推認することができる。

エ 以上の諸事情に鑑みれば、法人の再雇用要求拒否は、通常行っている再雇用の必要性の検討などの十分な手続を経ずに決められたものであり、X1の公然化を契機として支部の活動が再開・活発化する過程において、支部長就任以前から支部の中心的存在として活発な組合活動を行い、本件再雇用回答T時点及び定年退職時点においても支部長として重要な役割を担っていた同人の存在及び組合活動を理由として行われた不利益取扱いに該当するとともに、同人を法人から放逐することにより組合の勢力拡大を抑制し、法人内における組合活動の弱体化を企図した支配介入にも該当する。

⑶ 法人による本件各団交回答について

ア 法人は、令和2年及び3年において、緊急事態宣言が発令されていない期間である2年4月3日、9月14日、1117日、1130日、1225日、3年6月21日、1015日、11月8日及び1225日に、対面による団体交渉に応じており、2年4月の第1次緊急事態宣言発令当初から、緊急事態宣言期間中には対面による団体交渉に一切応じていない一方、それ以外の時期には、まん延防止等重点措置の実施期間も含め、対面による団体交渉に応じるという対応を一貫してとっていたことが認められる。

イ 法人は、緊急事態宣言期間中において、組合が書面で春季賃上げ交渉の未回答部分や組合員の異動等に関する要求への回答を求めたことに対し、書面で昇給率などを回答しており、緊急事態宣言期間中においても、組合の要求に対し、書面により一定程度の回答を行っていたことが認められる。

ウ しかしながら、団体交渉は、労使双方が同席し、対面で自己の意思を円滑かつ迅速に相手に直接伝達することによって、協議、交渉を行うことが原則であり、労使双方の合意がある場合又は直接話し合う方式をとることが困難であるなど特段の事情がある場合を除いては、書面の回答のみによって団体交渉が誠実に実施されたことにはならないというべきである。

エ 病院は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大後は、二次救急指定病院として急性期患者の受入れや、発熱病棟を設置して陽性患者の受入れを行うとともに、外部来訪者はウイルスを持ち込む可能性が高いとして入院患者の家族を面会禁止とするなどの措置を講じていた。緊急事態宣言が、医療提供体制がひっ迫するなどして、全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある事態が発生したと認められる際に発出されるものであること、医療機関においては国民の生命を守るため重症者等への対応を中心とした医療提供体制の維持が求められていたこと、第1次緊急事態宣言発令直前に病院内の会議室で実施された団体交渉において、組合側出席者のうち2名がマスクをしないで入室していたことなどを考慮すると、病院における新型コロナウイルス感染及びクラスター発生の抑止のために緊急事態宣言発令中は対面の団体交渉を実施しないとした法人の対応は、当時の状況下においては、医療機関として相応の合理性のある対応であったというべきであり、直接話し合う方式の交渉を行うことを困難とする特段の事情があったものと認められる。

オ 加えて、組合による3年6月4日付団体交渉申入れに対し、法人は、緊急事態宣言が同月20日で解除される見込みであるとして翌21日に団体交渉に応ずる旨を回答し、同日に団体交渉が開催されていること、第4次緊急事態宣言が9月30日をもって終了した際は1015日に団体交渉が開催されていることから、法人は、緊急事態宣言が終了した際は比較的早期に、対面での団体交渉に応じていたことが認められる。

カ 組合は、法人が書面による主張及び反論を複数回繰り返したため実際に団体交渉が開催された1015日まで4か月もの期間が経過した旨を主張するが、約4か月の期間が空いた理由については、@組合が、6月21日に実施された団体交渉において、X1の再雇用問題を含む4つの議題のうち春闘及び夏季一時金などに関する協議を先行して実施したことに加えて、A7月13日に実施予定であった団体交渉が開催できなかったことは、同月8日に政府対策本部長が実施期間を同月12日から8月22日までとする第4次緊急事態宣言を発出したことに起因するもの、Bその後、1015日に至るまで団体交渉が開催できなかったことは、7月30日、8月17日及び9月9日の3回にわたり、政府対策本部長が実施期間の終期を延長したことに起因するものというべきであることから、組合が指摘する期間において直接話し合う方式をとる団体交渉が開催されなかったことについて、法人を問責することは相当でない。

キ 以上のとおり、法人が、緊急事態宣言期間中において、組合の要求事項について書面により一定程度の回答を行っていたこと、本件労使間において直接話し合う方式の交渉を行うことを困難とする特段の事情があったこと、法人が、緊急事態宣言終了後、比較的早期に対面での団体交渉に応じていたこと等の事情を総合的に考慮すると、法人による本件各団交回答について、正当な理由のない団体交渉拒否であるとまで評価することはできない。

 

5 命令書交付の経過

⑴ 申立年月日            令和3年10月4日

⑵ 公益委員会議の合議     令和5年9月19

⑶ 命令書交付日           令和5年11月8日