【別紙】
1 当事者の概要
⑴ 被申立人2社は、それぞれ、日本交通グループ(東京都千代田区に所在する本社と都内各所に所在する営業会社14社とで運営するグループ)を構成するタクシー営業会社であり、肩書地に登記上の本社を置き、東京都三鷹市に両社共通の営業所を有し、グループ内部においても対外的にも、両社を包括して三鷹営業所と称され、グループのホームページでも三鷹営業所と表記されている(以下被申立人2社を併せて「会社」または「三鷹営業所」という。)。
⑵ 申立人組合は、日本交通グループ各営業所の乗務員で組織する日本交通労働組合(以下「本部」又は「本労」という。)の支部として昭和53年に結成された労働組合であり、三鷹営業所に所属する乗務員で構成され、組合員数は令和4年9月5日現在25名である。
2 事件の概要
⑴ 令和元年11月1日の団体交渉において、組合は、会社に対し、メーター検査手当の改善とその内容の労働協約化など9項目からなる「要求書」を提出した。
グループの給与規程はグループ全社で共通であり、メーター検査手当の規定はないが、各営業所長は、給与規程の「修理手当」の支給要件を運用して、各営業所の判断でこれを支払っていた。
⑵ 11月15日、会社は、組合からの11月1日付メーター検査手当の改善要求に対し、「現状のままでお願いします。」と文書で回答し、同日の団体交渉において、改めて、組合からの改善要求には応じない旨を回答したが、組合が、現状の支給要件について会社に確認したところ、一定の範囲内で労使双方の認識が一致した。そこで、組合は、認識が一致した部分について労働協約化するよう会社に求めたが、会社は、検討する旨を述べるにとどまった。
11月26日の団体交渉において、組合は、会社に対し、改めて、認識が一致した事項の労働協約化を求めたが、会社は、これを拒否した。
⑶ 12月30日、組合書記長は、三鷹営業所長に対し、非公式の場で、メーター検査手当について合意している事項を労働協約化するよう再度求めたが、三鷹営業所長は、三鷹営業所における過半数組合である申立外Z組合の名前を出し、「Z組合さんから出てくれば話は考えます。」、「大多数の方が認めているのに」、「協定書を結ぶまでの話じゃない。」などと述べ、これに応じなかった。
⑷ また、11月15日の団体交渉後、三鷹営業所長は、組合書記長をその場に残し、本社の方針で、無線を取らない乗務員の担当車を外すことになり、組合書記長もその対象となる旨を伝えた。
さらに、三鷹営業所長は、同日、組合が会社の敷地内で行っている旗開きと餅つきの場で酒を提供していることについて、酒は禁止する、酒を提供するなら外で実施するようにと告げた。
⑸ 本件は、@元年11月1日の団体交渉で組合がメーター検査手当の支給内容を労働協約として締結するよう要求したことに対し、団体交渉で会社がこれに応じられないと回答したことが、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点1)、A11月15日の団体交渉終了後、三鷹営業所長が組合書記長に対し、「担当車外し」に係る発言をしたことが、組合員に対する不利益取扱い及び組合に対する支配介入に当たるか否か(争点2)、B11月15日の団体交渉終了後、三鷹営業所長が組合書記長に対し、餅つき及び旗開きにおける酒類の提供は営業所外で行うよう言い渡したことが、組合に対する支配介入に当たるか否か(争点3)、C12月30日の三鷹営業所長の発言が、組合に対する支配介入に当たるか否か(争点4)、が争われた事案である。
3 主文の要旨 <一部救済>
⑴ 会社は、組合が、メーター検査手当の運用内容の文書化について団体交渉を申し入れたときは、誠実に応ずること。
⑵ 文書交付及び掲示(要旨:メーター検査手当の運用内容の文書化についての団体交渉における会社らの対応が不当労働行為と認定されたこと。今後繰り返さないよう留意すること。)
⑶ 前項の履行報告
⑷ その余の申立ての棄却
4 判断の要旨
⑴ 争点1について
ア 組合と会社とは、11月15日の団体交渉において、メーター検査手当の運用について改めて確認し、現状、@車両の代替時及びメーター検査の場合に手当が支払われていること及びその金額、A正規の時間に出勤した乗務員に代替えの車が用意されるまで長時間待たされる場合には手当が支給されることについて、双方の認識が一致し、その運用を維持することが確認されたといえる。
イ 11月15日及び11月26日の団体交渉において、組合が、メーター検査手当の金額や運用ルール等が従業員に理解されていないこと、給与規程にも明記されていないこと、営業所ごとに支給金額が異なること、したがって従業員に周知する必要があることなどを指摘し、相応の理由を示した上で文書化を要求しているのに対し、会社は、組合の指摘に具体的に応えることなく、協約化の必要はない、ルールは決まっている、多数組合であるZ組合から話がないなどと述べるのみで、合理的理由を何ら示すことなく頑なに文書化を拒否する態度を示しており、このような会社の対応は、交渉を通じて合意形成を図り、将来の円滑な労使関係構築のための方策を模索する姿勢に欠けていたといわざるを得ない。
ウ 会社は、グループ内の乗務員の労働条件等については、労働組合本部と本社人事労務部の協議事項であり、そもそも営業所が交渉する事項ではないし、各営業所、各営業所長に協定・協約締結権限は与えられていないと主張する。
しかし、三鷹営業所がグループにおいては営業所の一つという位置付けであったとしても、同営業所は独立した法人格を有し、組合員との雇用契約の当事者であり、また、メーター検査手当の運用については三鷹営業所長の判断で決定し、団体交渉においても所長の権限で回答している。
このように、グループ内で営業所に労働協約締結の権限が与えられていないことは、いわばグループ内ルールにすぎないのであって、メーター検査手当の運用は営業所限りで処分可能な事項であり、当然、三鷹営業所長には、団体交渉の結果について協約を締結する権限があるといえる。
エ グループ各社では、賃金等の労働条件は専ら就業規則を制定、改定して定める方式を採用しており、組合の本部と本社との間でも、又は最大労組のZ組合その他の労働組合と本社との間でも、労働協約を締結した事実はない。しかし、グループ内でそのような慣行があったとしても、労働組合は、団体交渉によって独自の労働協約を締結する権限を有しているのであるから、会社は、労働組合から文書化についての要求があれば、真摯に交渉に応じなければならないことはいうまでもない。
また、メーター検査手当は、個々の営業所長の判断で、営業所からメーター検査場までの距離などを考慮した上で、給与規程上の「修理手当」を運用し支給しているのであるから、メーター検査手当の運用内容の文書化について、各営業所・各労働組合支部間の個別の交渉で解決することができないとする会社の主張には根拠がないというべきである。
オ 以上のとおり、11月15日の団体交渉において、メーター検査手当の運用について、組合と会社との認識が一致し、その運用を維持することが確認されたことを踏まえ、組合が相応の理由を示して文書化を要求したのに対し、会社は組合の要求理由に具体的に応えることなく、頑なに拒否する態度を示しており、そのことを正当化する会社の主張はいずれも採用することができないのであるから、メーター検査手当の運用の文書化に係る会社の交渉態度は不誠実な団体交渉に当たるといわざるを得ない。
⑵ 争点2について
ア グループでは、無線を取らない乗務員がいることについて、以前から問題視しており、平成31年2月16日に、無線了解率の低い乗務員への配車を止める「配車止め制度(指定NG制度)」を、また、令和元年7月16日には、無線了解率に応じた優先配車権付与施策を導入するなどの全社的施策を導入していた。
11月13日には、無線戦略会議において、本社社長が、無線了解率を上げるために、無線を取らない人の担当車を外すくらいのドラスティックなことも考えるよう指示し、グループは、全社的施策として、無線を取らない乗務員の担当車を外す検討を重ねていた。
イ 「担当車外し」が検討されていた当時、無線を取らない乗務員は全営業所の乗務員約5,000人中195人存在しており、その中にはZ組合の組合員も含まれ、11月14日には、本社の労務部長がZ組合の本部役員に「担当車外し」の件を打診している。
また、組合書記長の認識によれば、三鷹営業所においても組合員以外で無線を取っていない乗務員が9名程度いた。
以上のことから、三鷹営業所長が、組合やその組合員を狙い撃ちにして「担当車外し」発言を行ったとは認められない。
ウ また、三鷹営業所長は、過去の組合の支部長らから、何か本社から情報が入ったらすぐ組合に知らせるよう言われていたところ、上記のとおり、11月13日の無線戦略会議において、本社社長の指示を受け担当車外しの検討が開始されたため、11月15日の団体交渉の直後のタイミングで組合書記長に話をしたことは不自然ではないし、また、そのほかに嫌がらせや直前の団体交渉における組合の姿勢に対する報復などの意図をうかがわせる事実も認められない。
エ 上記アないしウのとおりであるから、11月15日の団体交渉終了後、三鷹営業所長が組合書記長に「担当車外し」に係る発言をしたことは、同人が組合員であることを理由とした不利益取扱いにも、組合の運営に対する支配介入にも当たらない。
⑶ 争点3について
ア 三鷹営業所長は、Z組合の副支部長から組合の旗開きのポスターについて苦情を受けたことに即座に対応し、組合のポスターを現認した上で、組合支部長にこれを剝がすよう話をし、組合支部長はこれに応じてポスターを撤去した。その後、会社と組合とで話合いが行われ、三鷹営業所長は、組合に、営業所内での酒類の提供禁止を言い渡した。
組合は、組合が直前の団体交渉で、パワーハラスメント問題について会社に対して一歩も引かない姿勢を鮮明にしていたことから、団体交渉終了後、会社が、組合書記長への嫌がらせとして「担当車外し」を告げたものの、同人が会社からの嫌がらせに屈しない姿勢を見せたため、次の手段に出た旨を主張する。
しかし、Z組合の副支部長からの苦情を受けてからの会社の一連の対応の流れに不自然な点はなく、直前の団体交渉における組合書記長の発言への報復であるとか、組合に対する支配介入の意図に基づく行為であったとは認め難い。
イ 組合は、会社が組合との協議の過程を無視し、一方的に酒類の提供禁止を言い渡したことは労使慣行を無視する行為であるとも主張する。
確かに、会社から組合に対し、まず団体交渉や事務折衝の議題として協議を申し入れていれば、より丁寧な対応であったとはいえる。
しかし、会社は、社内秩序の維持のため、Z組合の副支部長からの苦情を受け即座に対応し、旅客自動車運送業を営む会社として社内で飲酒することは不適切であるとの考えに至り、社内ルールの運用を就業規則のとおりに改めることを言い渡したものであり、飲酒運転の厳罰化など社会情勢の変化を踏まえれば、会社の対応には相応の理由があり、酒類の提供の禁止を告げたことが、組合活動の弱体化を企図した行動であったとは認められない。
ウ 上記ア及びイのことから、11月15日の団体交渉終了後、三鷹営業所長が組合書記長に対し、餅つき及び旗開きにおける酒類の提供は営業所外で行うよう言い渡したことは、組合に対する支配介入には当たらない。
⑷ 争点4について
ア 三鷹営業所長の発言は、多数派組合であるZ組合を優遇するようにも受け取られ得るものであり、不用意なものではあるが、その発言全体の趣旨は、多数の乗務員から労働協約の締結を望む声があれば考えるが、現時点ではその必要がないという見解を述べたものであって、組合をZ組合に比して差別的に取り扱う意思に基づいた発言であるとまでいうことはできない。
イ また、12月30日の話合いは、あらかじめ予定されていたものでも、正式な団体交渉の場でもなく、組合書記長が、在席していた三鷹営業所長に声を掛けて始まった二人だけの非公式の場でのやり取りであった。
このような経緯を踏まえれば、三鷹営業所長は、組合書記長に声を掛けられたためこれに応じ、二人だけの非公式の場で、自己の認識を忌憚なく率直に述べたものと理解され、若干、不用意な発言が含まれていたとしても、そのことをもって、組合運営に対する支配介入であるとみることは相当でない。
ウ 上記ア及びイのとおりであるから、12月30日の話合いにおける三鷹営業所長の「Z組合さんから出てくれば話は考えますけども。」、「大多数の方が認めているのに、っていう状態です。これは協定書を結ぶまでの話じゃないです。」、「今のままで何か不具合がでていると僕は思っていませんので、結ぶ必要はないと思っています。」などの発言は、組合活動に対する支配介入に当たるとまではいえない。
5 命令書交付の経過
⑴ 申立年月日 令和2年1月31日
⑵ 公益委員会議の合議 令和5年9月5日
⑶ 命令書交付日 令和5年11月1日