当事者の概要

⑴ 申立人組合は、申立外Z組合から脱退した者を中心に、令和2年2月10日に結成された、会社に勤務する労働者で構成する労働組合である。本件申立時における組合員数は、約2,800名である。

⑵ 申立人八王子地方本部は、2月15日に結成された、組合の下部組織であり、会社の八王子支社に勤務する労働者で構成する労働組合である。本件申立時における組合員数は約750名である。

⑶ 被申立人会社は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の分割民営化により、昭和62年4月に設立された、旅客鉄道事業等を営む株式会社であり、肩書地に本社を置き、東北地方、関東地方及び甲信越地方を中心に鉄道路線を有して各地域に支社を置いている。本件申立時における従業員数は、約50,000名である。

なお、会社には、本件申立時、12の労働組合が存在している。

 事件の概要

⑴ 組合員]1は、令和2年5月18日及び21日に、また、組合員]2は、同月22日に、それぞれ、始業時刻前に、被申立人会社八王子駅の更衣室において、居合わせた新入社員に対し、組合を紹介するパンフレット(以下「本件パンフレット」という。)を手渡した(以下「本件パンフレット配布」という。)。

5月26日、会社は、]1及び]2から、本件パンフレット配布について、就業規則に反する行為であるとして事情聴取を行い、6月4日、両名は、「状況報告書」を提出した。

7月28日、会社は、]1及び]2に対し、「会社施設内において、会社の許可を得ずに労働組合の活動を行ったことは社員として遺憾である。よって厳重に注意する。」と記載した文書を交付した(以下「本件厳重注意」という。)。

8月27日、会社の八王子支社は、管内各事業場の掲示板に、最近も一部の職場において勤務時間中又は会社施設内で会社の許可なく労働組合の活動をするなどの就業規則に抵触する行為が発生していること、会社は今後とも職場規律の厳正を阻害する行為に対しては厳正に対処すること、このような事象に気づいた場合は速やかに管理者等に相談することなどを記載した「社員の皆さんへ」と題する文書を掲示した(以下「本件掲示」という。本件審査中に、本件掲示は撤去されている。)。

⑵ 本件は、会社が、@]1及び]2に対し、本件厳重注意を行ったことが正当な組合活動を行ったことを理由とする不利益取扱い及び組合の運営に対する支配介入に当たるか否か、A本件掲示を行ったことが組合の運営に対する支配介入に当たるか否かが、それぞれ争われた事案である。

 主 文 <全部救済>

⑴ 会社は、本件厳重注意をなかったものとして取り扱わなければならない。

⑵ 文書交付及び掲示(要旨:本件厳重注意及び本件掲示が不当労働行為と認定されたこと。今後繰り返さないよう留意すること。)

⑶ 前各項の履行報告

 判断の要旨

⑴ 本件厳重注意について

ア 会社の就業規則第23条は、「社員は、会社が許可した場合のほか、勤務時間中に、又は会社施設内において、組合活動を行ってはならない。」と規定している。

]1及び]2は、会社の許可なく更衣室で組合の本件パンフレットを配布するという組合活動を行っており、本件パンフレット配布は、形式的には就業規則第23条の文言に違反する行為であるといえる。

 しかし、就業規則第23条の目的は組合活動による職場の規律の乱れを防止することにあると解されるところ、本件パンフレット配布は、形式的にはこれに違反するようにみえる場合でも、その目的、内容、配布の態様等に照らして、会社内の職場秩序を乱すおそれがないと認められるときは、実質的には同条違反にはならないものである。

イ 本件パンフレットは、新入社員の組合への勧誘を目的に組合を紹介するものであり、その内容が会社や他の労働組合を誹謗・中傷して職場秩序を乱すおそれはないものである。また、本件パンフレット配布は、勤務時間外に短時間、乗客の目に触れない場所で極めて平穏に行われたものであり、これらの点に照らし、その行為態様が業務に支障や混乱を生じさせて職場秩序を乱すおそれのあるものであるとはいい難い。したがって、本件パンフレット配布は、その目的、内容、態様等に照らして、組合活動として正当性を有するものであり、これを理由に不利益処分をすることは許されない。

() 会社は、国鉄以来の歴史的沿革に照らせば、会社が職場秩序の維持、確立のため強い態度で臨むことには、経営上の必要性、合理性が認められると主張する。しかし、国鉄時代の出来事は会社の前身の組織における数十年前の事情であり、現在の会社においても会社が主張するような国鉄時代と同様の職場秩序の乱れが生ずるおそれがあるとの疎明はない。また、その歴史的沿革を考慮するとしても、本件のような職場秩序を乱すおそれがあるとはいい難い正当な組合活動までを一律に制限する理由にはならないというべきである。

() 会社は、会社には労働組合が乱立し、対立関係にある状況下で、職場内での労働組合への勧誘活動を会社が静観すると、職場内であらゆる労働組合による勧誘活動が野放図に繰り返され、職場秩序が阻害されると主張する。しかし、本件パンフレットは、新入社員の組合への勧誘を目的に組合を紹介するものであり、他の労働組合に言及すらしておらず、まして他の労働組合を誹謗・中傷するものでもない。また、社内の各労働組合がビラで組合加入数等を喧伝しているが、そのビラには本件パンフレット配布以前からのものもあり、本件のような平穏なパンフレット配布を会社が静観することにより、直ちに職場内で各労働組合による勧誘活動が繰り返されて職場秩序が乱されるおそれがあったとはいい難い。

 () 会社は、会社には多数の現業施設が散在し、各施設全てにおいて職場秩序の維持、確立を図るためには、厳格な基準のもとに厳正に服務に関する規定を解釈、適用することが必要とされている、また、旅客鉄道輸送は極めて公共性が高く、他の会社において要請される水準を超えて職場秩序の厳格な維持確保が必要とされると主張する。しかし、就業規則第23条の目的からみて、会社施設内における無許可の組合活動であっても、職場秩序を乱すおそれがないと認められるときは、実質的には同条に違反せず、その目的、内容、態様等に照らして正当な組合活動と認められるものについては、これを理由として組合員に不利益処分をすることは許されないというべきであり、このことは、当該不利益処分が就業規則上の懲戒や訓告に至らない厳重注意であっても変わりがない。確かに、旅客鉄道輸送という公共性の高い事業において、安全かつ定時に列車を運行することが社会一般から要請されていることは認められるが、だからといって業務に支障や混乱を生じさせて職場秩序を乱すおそれがあるとはいえない正当な組合活動まで一律にこれを制限することは、組合活動に対する不当な制限であるといわざるを得ない。

() 会社は、本件パンフレット配布により、新入社員に精神的負担を負わせ、業務に向けた集中を阻害したと主張する。しかし、本件パンフレット配布は、短時間のものであり、複数人で囲んだり、パンフレットの受領を強制したりするものではなかった。そして、本件パンフレット配布により配布を受けた新入社員に精神的負担を負わせ、業務に向けた集中を阻害したとか、その他当該新入社員の職務遂行に支障を生じさせたとの客観的な疎明はないことから、会社の主張は採用することができない。

() 会社は、過去の事例に照らしても処分量定として相当性を有すると主張する。しかし、そもそも、本件パンフレット配布は組合活動として正当性を有するといえ、実質的に就業規則第23条に違反するものではなく、これを理由に不利益処分をすることは許されないのであるから、過去の事例の処分量定との比較は結論を左右しない。

() 会社は、組合から会議室について会社施設等一時使用の許可申請があればほとんど許可しており、組合は、会社施設等一時使用許可を得た上で、会議室で勧誘活動としてパンフレット配布を行うことによってもその目的を十分に達成することができたと主張する。しかし、そもそも、本件パンフレット配布は、組合活動として正当性を有するものであり、実質的に就業規則第23条に違反するものではないことは前述のとおりであり、このことは、組合が本件パンフレットを配布する他の手段の存否によって変わるものではないから、会社の主張は採用することができない。

なお、会社は、組合員が会社施設内で、新入社員に対し、会議室で開催する組合の説明会に参加を呼び掛ける行為は就業規則第23条に抵触すると認識しており、組合が新入社員に組合の説明をして勧誘するという目的のために会議室を利用することは、新入社員を会議室に案内するとの面で必ずしも実効性のあるものとはいえない。また、例えば、組合が、会社から貸与された組合掲示板や、組合ホームページ、勤務時間外かつ会社施設外でのビラ配布等により会議室において説明会を開催する旨周知する方法も考えられるものの、これらの方法は組合に加入していない新入社員に対する周知方法としては不確実といわざるを得ない。この点からも会社の主張は採用することができない。

エ 本件厳重注意は、就業規則に規定される懲戒処分又は訓告ではなく、業務上の注意指導であり、給与、賞与等の減額を生じさせるものではないが、人事記録には残るものであり、社員にとっては不利益な取扱いに当たるものである。そして、会社は、以上に述べたとおり、本件パンフレット配布が正当な組合活動であるにもかかわらず、就業規則第23条の規定に違反する会社施設内における組合活動であるとして、]1及び]2に対して本件厳重注意を行った。

したがって、本件厳重注意は、]1及び]2が、新入社員に対し、組合を紹介する本件パンフレットを配布するという正当な組合活動を行ったことを理由とする不利益取扱いに当たるとともに、組合活動を不当に制限するものであり、組合の運営に対する支配介入にも当たる。

⑵ 本件掲示について

会社は、従来から職場環境を維持確保することの重要性について周知してきたものの、本件パンフレット配布以外にも就業規則第23条に違反する事象が発生したことから、一般予防の観点から本件掲示を行ったものであり、特定の組合や組合活動を問題とするものや正当な組合活動を制限するものではないと主張する。

確かに、会社は、平成30年4月23日及び令和元年8月1日に、八王子支社は、平成30年7月3日及び1128日に、それぞれ、職場規律の厳正の確保に向けて就業規則に則して厳正に対処する旨社員に周知する掲示を行っている。このように、社員に対し、就業規則の遵守を呼び掛けることは、会社が職場秩序を維持するための方策としては、首肯できるところである。

しかし、その後、会社は、一年以上、同様の掲示を行わなかったにもかかわらず、本件パンフレット配布、本件厳重注意、組合による抗議、]1及び]2による苦情処理申告、組合による申入れを経て、団体交渉が行われたが、協議がまとまらず、その翌日である令和2年8月27日に本件掲示を行った経緯をみると、会社が本件掲示に記載した「最近も一部の職場において、勤務時間中または会社施設内で会社の許可なく労働組合の活動を行うなど、就業規則第23(勤務時間中等の組合活動)に抵触する行為が発生しています。」とは、本件パンフレット配布も念頭に置いたものであることは明らかである。

そうすると、本件パンフレット配布は、新入社員に対し、組合を紹介する本件パンフレットを配布するという正当な組合活動であることから、今後も同様の行為について、就業規則に則して厳正に対処していく、このような事象に気づいた場合には、必ず、速やかに現場長や管理者に相談してほしい旨記載した本件掲示は、組合活動を不当に制限し、委縮させるものであり、組合の運営に対する支配介入に当たる。

 命令書交付の経過

⑴ 申立年月日         令和2年1221

⑵ 公益委員会議の合議 令和5年4月4日

⑶ 命令書交付日       令和5年6月7日