⑴ 申立人組合は、昭和38年11月に結成された、アメリカ映画を始めとする外国映画の配給及びそれに関連する産業で働く労働者を組織する産業別労働組合である。本件審問時点(令和5年2月)における組合員数は、約10名である。
⑵ 被申立人会社は、米国法人のZ1会社の子会社である。日本において、Z1会社の映画、ビデオ、テレビ番組等の配給及び販売業務を行っている。会社の従業員数は、令和2年7月以降の人員整理前で約240名である
⑴ 昭和60年11月8日、組合は、Z2会社外5社と「今後、事業所の縮小、閉鎖、会社の解散、合併、営業譲渡など、組合員の身分および労働条件に重大な影響を与える経営政策を実施する場合には、申立人全日本洋画労働組合および会社に存する支部との間で事前協議を尽くすものとする。」との記載のある和解協定(以下「本件協定」という。)を締結した。
平成4年5月29日、Z3会社外2社は、業務提携によりY1会社を設立した。Y1会社は、設立の際にZ2会社から映画配給部門及びホームエンターテイメント部門(以下「映像部門」という。)の営業譲渡を受けた(以下「本件営業譲渡」という。)。14年10月28日、Y1会社は、商号をY2会社に変更し、28年4月1日、Y2会社は、株式会社から合同会社に組織変更し、被申立人会社(以下、特に区別する場合を除き、Y2会社の時と併せて「会社」という。)となった。
令和2年7月から9月にかけて、会社は、組織の再編成に伴う人員削減の対象としてX1、X2及びX4(以下、X1、X2及びX4を併せて「組合員ら」という。)に指名退職勧奨を行い、組合員らは、それぞれ組合に加入した。会社は、12月31日、組合員らを解雇した。
組合と会社とは、9月17日に第1回団体交渉を行い、以降3年3月24日の第10回団体交渉まで計10回の団体交渉を行った。
4年1月31日、会社は、組合に対し、通知書到達から90日間の経過をもって本件協定を解約することを通知する旨の「解約予告通知」(以下「本件通知」という。)を送付した。
⑵ 本件は、@本件協定の効力承継に関する、第1回、第7回、第9回及び第10回の各団体交渉における会社の対応は、組合の運営に対する支配介入に該当するか否か、A経営政策実施の事前協議に関する、第2回団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉及び組合の運営に対する支配介入に該当するか否か、BX1の解雇等に関する、第2回、第3回、第4回、第5回、第6回、第7回、第9回及び第10回の各団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉に該当するか否か、C第6回及び第8回の各団体交渉における会社代理人の発言は、組合の運営に対する支配介入に該当するか否か、D会社が、本件協定について4年1月31日付けで本件通知を組合に提示したことは、組合の運営に対する支配介入に該当するか否かが、それぞれ争われた事案である。
⑴ 文書交付(要旨:第6回及び第8回団体交渉における会社の発言が不当労働行為と認定されたこと。今後繰り返さないよう留意すること。)
⑵ 前項の履行報告
⑴ 本件協定の効力承継に関する4回の各団体交渉における会社の対応について
ア 組合は、第1回、第7回、第9回及び第10回団体交渉における「本件協定は本件営業譲渡によって会社に承継されておらず、事前協議協定が組合と会社の間で存続している事実はない」とする会社の対応が組合の運営に対する支配介入に該当すると主張するので、これについて判断する。
イ 組合は、Y1会社が、Z2会社から映像部門の全部の財産とともに本件協定を包括的に承継したと主張する。
しかし、本件協定の条項からは本件協定がZ2会社の映像部門に限定した協定であるとは解釈できないところ、本件営業譲渡においてZ2会社がY1会社に譲渡したのは映像部門に限られ、Z2会社は本件営業譲渡後も平成8年まで事業を継続している。
また、本件営業譲渡に係る譲渡契約書や目録が存在しておらず、Z2会社は、組合との間で事前交渉を行っているものの、両者の間で本件協定のY1会社への承継について明示的なやり取りをした形跡はうかがえない。
ウ また、組合は、Z2会社からY1会社への本件営業譲渡に当たってモノ、人及び人事制度が承継されており、Z2会社、Y1会社、組合の3者の間で、引継ぎを通じて本件協定のY1会社への承継を黙示で合意し、承諾したことは明白であると主張する。
しかし、本件協定締結から本件営業譲渡まで約7年が経過しており、この間、組合とZ2会社の団体交渉では賃金交渉等が行われたが、その賃金交渉等において本件協定の存在を前提とした交渉が行われていた様子もうかがわれない。また、本件営業譲渡に際しても、組合員の転籍に当たっての労働条件について、組合が本件協定の事前協議条項を示した上でZ2会社に事前協議を申し入れた事実は認められず、Y1会社に対する団体交渉申入れにおいて本件協定の承継を求めなかったことからすると、Y1会社が本件協定の存在と内容をよく知っていたと認めることは困難である。
また、Y1会社の就業規則にZ2会社の就業規則との関係についての記載はなく、その他に、Y1会社の就業規則にZ2会社の就業規則が引き継がれたことを示す事実も認められない。
エ 以上のアないしウに鑑みると、会社が、本件営業譲渡によって本件協定が会社に承継されていないと判断したことも不合理とまではいえず、組合の運営に対する支配介入には当たるとはいえない。
⑵ 経営政策実施の事前協議に関する団体交渉における会社の対応について
ア 組合は、第2回団体交渉において、会社が、ホームエンターテイメント部門の廃止やX1の業務を縮小の上外部委託することは会社が経営判断として決定したため、団体交渉の対象事項ではないとした対応について、本件協定に定める事前協議の必要性を否定し事前協議を拒否する対応であり、団体交渉拒否及び組合の運営に対する支配介入に該当すると主張する。
しかし、会社が、本件協定は会社に承継されていないとする立場を組合に対して示したことが支配介入に当たらないことは前述⑴のとおりである。そうすると、会社が、第2回団体交渉で、本件協定は承継されておらず経営政策実施の事前協議の義務はないという前提で、ホームエンターテイメント部門の廃止やX1の業務を縮小の上、外部委託することについては協議事項ではないと述べたことは、それまでの本件労使関係の経緯等に基づくものであるということができ、それ自体不当なものとはいえない。
イ なお、部門の廃止や業務の外部委託などの経営政策そのものは義務的団交事項に当たらないとしても、経営政策によって影響を受ける組合員らの解雇などの労働条件については義務的団交事項に当たるといえるところ、会社は、第2回団体交渉において組合員らの解雇に関連する範囲で相応の対応をしている。
ウ したがって、経営政策実施の事前協議に関する、第2回団体交渉における会社の対応は不誠実な団体交渉に当たるとはいえず、組合の運営に対する支配介入にも当たらない。
⑶ X1の解雇等に関する8回の各団体交渉における会社の対応について
ア 会社は、X1の解雇等に関わる団体交渉について、救済を求める利益が失われたことは明らかであると主張するので、以下検討する。
イ 本件申立て後の事情として、組合及びX1と会社との間で、5年1月26日の当委員会の第21回調査期日において和解が成立し、「和解協定」を締結して、X1の雇用終了を確認するとともに、会社が組合に対して解決金を支払うこと、組合がX1に関する申立てを取り下げること、組合及びX1は、会社によるX1の雇用及びその終了に関連して、会社及びその役職員に対して、今後何らの請求をしないことを約束し、いわゆる清算条項によって同人と会社との間に何らの債権債務がないことを確認した。また、同じ調査期日において、争点Bを含む争点を「主な争点」とする審査計画書が策定された。その後の4月5日、上記「和解協定」に基づき、組合が当委員会に対し、「X1に関する部分」の申立ての取下書を提出した。
ウ 以上の結果、本件結審日において、X1と会社の間に雇用関係は存在せず、また、組合から上記イのとおり「X1に関する部分」の申立てが取り下げられ、さらに上記イの「和解協定」で、組合(及びX1)が、X1の雇用及びその終了に関連して今後何らの請求をしないと約束した以上は、X1の雇用及びその終了に関連する交渉過程のやり取りを含め、雇用に関する紛争は、全て既に当事者間で解決したものというべきである。
エ なお、一般的に、X1の解雇等を議題とする団体交渉においても、X1個人の雇用、労働条件等に関連する部分のみならず、組合と会社との労使関係のあり方に関連する部分もあり得、後者に関して、不誠実な対応があった場合には不当労働行為が成立し得るが、争点Cで判断する部分を除き、X1の雇用及びその終了に関連する部分以外で会社に不誠実な対応があったと認めるに足りる事実の疎明はない。
⑷ 第6回及び第8回の各団体交渉における会社代理人の発言について
ア 会社は、第6回団体交渉における会社代理人の「あなた(X2)の人生を破壊しかねないんですよ、この闘争は。X3さん(組合役員)と一緒にその口車に乗ってやったら。あなたも56歳、人生まだ15年ぐらい働かなきゃいけないんでしょ。この業界で生きていきたいんじゃないですか。申立人組合の活動家になるなら僕は反対しませんよ。(そう)じゃないんでしょ?」との発言(以下、会社代理人の発言@とする。)について、長期間に及ぶ可能性のある解雇撤回闘争に踏み切るより、交渉で円満に解決することがX2の利益にもなるという会社の意見を述べただけであると主張する。そして、第8回団体交渉における会社代理人の「申立人組合自体が、もう、非常に衰退の一途で、風前の灯火なんですよ。なぜ、なぜ、風前の灯火なんですか?世の中の産業の動きに対応してなかったから、こうなっちゃったわけですよ。」(以下、会社代理人の発言Aとする。)についても、X3事務局長が認めているように組合の組織が「風前の灯火」であるという客観的な事実を指摘しているだけであると主張する。
しかしながら、会社代理人の発言@は、「あなたの人生を破壊しかねない」、「X3さんと一緒にその口車に乗ってやったら。」と述べ、その後、X3事務局長のような活動家の言うことだけを聞いて人生を決定すると大きな間違いを起こすのでよく考えた方がよいとの旨などを述べているのであって、X2と組合との間を離間させる効果をもたらす発言であり、組合との交渉で円満に解決しようと意図した発言とは到底いえない。
また、会社代理人の発言Aのうち、「非常に衰退の一途で、風前の灯火」といった発言は、客観的な事実の指摘といえなくもないが、会社代理人の発言はそれにとどまらず、「世の中の産業の動きに対応してなかったから、こうなっちゃったわけですよ。」と述べるなど、組合の活動方針に踏み込んで一方的にその存在意義を否定するような発言であり、会社代理人の発言@と相まって、組合員に対して組合に対する不信感を抱かせ、組合の求心力を失わせる効果をもたらす発言といえる。したがって、これらの発言は、組合の運営に対する支配介入に当たるといわざるを得ない。
イ 会社は、これらの発言を使用者の言論の自由の範囲内であると主張し、労使が意見を戦わせる団体交渉の場において組合活動についての意見を述べたものであり、組合がその場で反論すればよいなどと主張し、これらの発言により、組合を脱退したり、闘争をやめた組合員はいないため、支配介入に当たる余地はないとも主張する。
しかしながら、組合がその場で反論しても、これらの発言によって組合員にもたらされる上記効果が完全に払拭されるとはいえないし、支配介入の成立に当たり、現実に組合の組織や活動に影響が及ぶといった結果まで必要とされるわけではないから、会社の主張は採用することができない。
ウ さらに、会社は、会社代理人の発言@及びAは、組合員らに対する解雇等に関する団体交渉における発言であるとして、組合員らに係る各「和解協定」及び組合が各組合員に関する申立てを取り下げたことを理由に、救済利益が失われたと主張する。
しかしながら、争点Cで問題とされる会社代理人の発言は、争点Bで問題とされた会社の対応とは異なり、組合員らの解雇等に関する団体交渉における発言ではあるものの、組合員に対して組合に対する不信感を抱かせ、組合の求心力を失わせる効果をもたらす発言であり、上記各「和解協定」において組合員らの雇用に関する紛争が当事者間で解決したとしても、かかる発言により組合が受けた損害の是正についてまで当事者間で解決したということはできないから、和解により救済利益が失われたとする会社の主張は採用することができない。
⑸ 4年1月31日付けで本件通知を組合に提示したことについて
組合は、本件協定が、現在も組合員の権利と労働条件を守る上で重要な役割を果たしているところ、会社が組合に対し、本件協定の解約についての事前協議を申し入れておらず、本件協定の弊害や解約の必要性を何ら説明していない、また、「会社の非劇場型業務の外部委託とバックカタログ業務の縮小」の際のX1の解雇を正当化するために解約したとして、本件協定を解約する行為は、組合弱体化を狙う支配介入であると主張する。
しかし、本件協定の承継に係る労使間の議論の経緯をみると、労使の主張は第1回団体交渉申入れに対する回答に見られるように当初から対立しており、第7回団体交渉、第9回団体交渉及び第10回団体交渉においても本件協定の承継について労使の主張は平行線をたどっている。その後、会社は組合に対し、4年1月31日付けで本件通知を提示するに至っている。
本来、労使協定は、労使双方の合意に基づいて成立するところ、本件協定は、その存在自体という根幹について一貫して双方の見解が対立しており、団体交渉で協議を重ねてもなお見解の溝が埋まらない中において、会社は自らの立場を明確にするために、労働組合法の規定に基づいて、本件協定の解約予告である本件通知を提示したといえ、その過程において、会社が反組合的意図をもって本件通知をしたと疑われる事情も特に認められない。
以上を踏まえれば、会社が本件通知を提示したことは、組合の運営に対する支配介入には当たらない。
⑴ 申立年月日 令和2年12月14日
⑵ 公益委員会議の合議 令和5年10月3日
⑶ 命令書交付日 令和5年11月14日