【別紙】Y事件(令和2年不第77号事件)命令書交付について

1 当事者の概要

⑴ 申立人X1(以下「組合」という。)は、肩書地に事務所を置き、主に中小企業の労働者が企業の枠を越えて個人で加盟している、いわゆる合同労組であり、平成24年4月に結成された。本件申立時の組合員数は約350名である。

⑵ 被申立人Y1(以下「法人」という。)は、肩書地を主たる事務所の所在地とし、主に精神科及び心療内科等の一般外来診療を行う2つのクリニック(以下、併せて「法人診療所」という。)を運営する医療法人であり、本件申立時の従業員数は約40名である。

2 事件の概要

平成1810月、法人に正規職員として入職したX2は、法人から労働条件変更の提示を受けたことなどを契機として、令和2年1月、組合に加入した。

組合は、法人に対し、新たな雇用契約書への署名強要を行わないことなどを要求事項とする団体交渉申入れを行い、2月21日及び6月12日に団体交渉が実施されたが、7月28日、法人は、X2に対し同日付普通解雇を通知した。

このため、組合は、8月6日付及び11月5日付書面で、X2の解雇撤回等を求めて団体交渉を申し入れた(以下、併せて「本件団体交渉申入れ」という。)が、法人は、組合に対し、8月13日付及び1110日付書面(以下、併せて「本件法人回答」という。)により、第三者が原告となって組合を被告とする組合大会決議の不存在確認等を求める別件民事訴訟が係属中であり組合執行委員長の交渉権限あるいは協約締結権限の有無に疑義があるなどとして、団体交渉開催を留保する旨を回答し、その後団体交渉に応じなかった。

本件は、法人が本件団体交渉申入れに応じなかったことが、正当な理由のない団体交渉の拒否及び支配介入に当たるか否かが争われた事案である。

3 主 文 <全部救済>

⑴ 法人は、令和2年8月6日付け及び11月5日付けで組合が申し入れた団体交渉に誠実に応じなければならない。

⑵ 法人は、組合が団体交渉を申し入れたときは、組合執行委員長の交渉権限あるいは協約締結権限の有無に疑義があることを理由に拒否してはならない。

4 判断の要旨

⑴ 却下に係る主張について

ア 組合の法適合性に係る主張について

() 法人は、組合の役員の多数が労働者ではなく、その主要な地位を労働者が占めていないこと、組合の構成員の大部分が労働者でない可能性が高いことなどから、組合が労働組合法上の主体性の要件を満たしていない旨を主張する。

しかしながら、法人は専従者が労働者でないことを前提とする主張を行うものの労働組合の専従者の立場にあることをもって直ちに労働組合法第3条に定める労働者でないといえないことなどを考慮すると、労働組合法上の労働者でない者が実質的に組合の中心的地位を占め、その主体をなしているとは認められない。組合員全体についても、労働者でない者が組合員の多数を占めていると認めるに足りる具体的事実の疎明はなく、組合について、労働者が質量ともに組合の構成員の主体になっていないということはできない。

() 法人は、組合が労働組合法第2条ただし書第1号の利益代表者の参加を許していること、公正な大会運営を行っておらず、組合執行委員長らにより恣意的な運用がされていることなどから、組合が労働組合法上の自主性の要件を満たしていない旨を主張する。

しかしながら、X2は法人から就業規則に基づき普通解雇されていること、法人がX2を形式的に理事として取り扱った時期はあったが、法人の理事であるとは認められず、X2が使用者の利益代表者に該当するということはできない。その他組合が自主性の要件を満たしていないと認めるに足りる具体的事実の疎明はない。

() 法人は、組合が労働組合法上の団体性の要件を満たしていない旨を主張するが、組合は、約350名の組合員から成り、機関、役員、財政等を定めた規約と多数決原理に基づく選挙・大会規定を有し、複数の役員がいるので、団体性の要件に欠けるところはない。

() したがって、組合が労働組合法第2条の要件を満たしておらず、労働組合法上の労働組合に当たらないとする法人の主張は採用することができない。

イ 組合執行委員長を代表者とする組合の救済申立権限に係る主張について

法人は、組合の大会における役員選任に係る決議が違法無効又は不存在であるから、組合執行委員長を代表者とする組合が不当労働行為救済の申立権限を有さない旨を主張する。

しかしながら、法人の主張は、組合と対立関係にあり、東京地方裁判所に対し、組合を被告とする組合大会決議の不存在確認等を求める訴訟(以下「別件確認訴訟」という。)を提起した一方当事者の同訴訟における主張立証に依拠したものにすぎず、仮に、組合大会で組合執行委員長を選出するに当たり、組合内部の規約等に反する何らかの手続違反があったとしても、それは単に内部規約等違反にすぎず、その解決は組合の自主性に委ねられるべきものであることなどから、このことが直ちに組合執行委員長の代表者資格や組合の法適合性に影響を与えるものではない。

ウ 団体交渉を実施する法的利益に係る主張について

法人は、2年8月13日付書面による回答の時点において、解雇撤回以外の要求事項は既に妥結不可能な状態に至っていたこと、解雇撤回要求はX2の意思により放棄されたというべき状況にあったことから、組合が法人と団体交渉を実施する法的利益、すなわち団体交渉に係る救済の必要性は既に失われている旨を主張する。

しかしながら、不当労働行為に係る救済の必要性の有無については、不当労働行為とその救済の内容の審査において判断されるものであるから、法人主張の上記の点が本件申立てについて申立要件を具備していない不適法なものである根拠となるということはできない。

エ 以上のことから、本件申立てが却下されるべきであるとの法人の主張は、いずれも採用することができない。

⑵ 法人が本件団体交渉申入れに応じなかったことが、正当な理由のない団体交渉拒否及び組合の運営に対する支配介入に当たるか否かについて

ア 本件法人回答が団体交渉拒否に当たるかについて

法人は、団体交渉を拒否したのではなく、留保したにすぎないと主張するが、本件において、法人は、事務折衝直後に、組合が誠意ある対応を行わない限り以後の団体交渉に応ずる必要はないと判断したこと、別件確認訴訟で組合が敗訴した場合に係る不安を完全に払拭できる程度の合理的説明の書面回答を求めたこと、団交申入れに対し、別件確認訴訟が係属中であって、裁判所の判断により組合執行委員長の団体交渉権限及び労働協約締結権限の有無の疑義がなくなるまで団体交渉は留保せざるを得ないなどと回答したこと、別件確認訴訟は提起されたばかりであって回答時点ではいまだ第1回口頭弁論期日も開かれておらず、その結論が確定するまでには相当の日数を要することが容易に見込まれる状況にあったことなどが認められる。

このような法人の対応及び当時の状況を全体としてみれば、法人は、組合との事務折衝終了直後に、別件確認訴訟の結論が確定するまでには相当の期間を要するとの認識の下、組合のこれまでの基本姿勢に変化がない限り、組合との団体交渉には応じないとの基本方針を決定し、この基本方針に基づきその後の組合からのX2の解雇等に関する団体交渉の申入れに一貫して応じないと対応してきたものであり、このような法人の対応は、団体交渉を拒否したものといわざるを得ない。

イ 団体交渉拒否に正当な理由が存するかについて

法人は、本件法人回答が団体交渉拒否に当たるとしても正当な理由がある旨を主張するので、以下、その当否について判断する。

() 適法な団体交渉申入れの有無について

法人は、組合の大会における役員選任に係る決議が違法無効又は不存在である旨などを主張するが、組合執行委員長を選任した組合大会決議が無効又は不存在であるなどと認めることはできないから、法人の主張は採用することができない。

() 団体交渉が行き詰まっていたか否かについて

法人は、2年8月13日付書面による回答の時点で、解雇撤回以外の要求事項が妥結不可能な状態に至っていたこと、X2の退職を前提とする包括的解決の模索も事務折衝がなされ妥結不可能という結論に至っていたことなどから、団体交渉を実施する実益がない状態に至っていた旨などを主張する。

しかしながら、組合は、X2への解雇通知がされた後に、従前の団体交渉における協議事項に加えて、X2の解雇撤回及び解雇理由の文書回答を新たな要求事項とする団体交渉の開催を求めているところ、そもそも組合と法人との間で、この新たな要求事項に関する団体交渉は何ら実施されていない。従前の団体交渉における協議事項についても、労使双方が主張、説明を出し尽くし、客観的にみてこれ以上交渉を重ねても進展する見込みがない段階に至っていたと認めるに足りる具体的事実の疎明はない。

加えて、法人は、X2が民間企業の監査役に就任しており解雇撤回要求を放棄している旨を主張するが、X2は、解雇が無効であると主張して法人に対して労働審判の申立てを行い、更にX2と法人との解雇を巡る争いは通常訴訟に移行していることなどから、法人指摘の事情によりX2が解雇を争う意思を放棄したということはできない。

以上のことから、団体交渉を実施する実益がない状態に至っていたなどとする法人の主張は採用することができない。

() X2の労働者性について

法人は、X2が法人の理事であることなどから、組合がX2のために団体交渉を申し込んだ意思表示は心裡留保等に当たり無効であるなどと主張するが、X2が法人の理事であるとは認められず、このほかに同人の労働者性を否定するに足りる具体的事実の疎明はないため、法人の主張は採用することができない。

() 法人の権利濫用又は信義則違反の主張について

法人は、別件確認訴訟で訴訟告知を受けており、組合執行委員長の組合代表権限について合理的な疑義が生じたにもかかわらず、組合が十分な説明を行わず疑義を払拭する努力を怠っている旨などを主張する。

しかしながら、組合は、法人から説明を求められた後、事務折衝において別件確認訴訟への対応などについて説明し、X2に対する解雇通知後に再度説明を求められた際も、組合顧問弁護士が作成した書面を法人に手交しており、法人の求めに応じてその理解を得るべく、さほど日を置かず法律専門家の協力を得て相応の対応を行っている。

法人主張の組合の活動については、次のとおりである。

a 法人は、組合が法人診療所に突撃訪問を繰り返して、従業員を混乱させ、患者の病状を悪化させた旨を主張するが、組合は、第1回団体交渉の前、第2回団体交渉の前、X2の解雇通知の直後の計3回法人施設に赴き、それぞれ抗議あるいは団体交渉申入れに係る書面を読み上げるなどしているところ、その態様において、本件労使間の団体交渉実施を困難にする程度に至っていたものと認めるに足りる具体的事実の疎明はない。

b 法人は、組合が多数の第三者に向けて怪文書を多数回にわたって送付した旨、情宣活動において不特定多数人に対し、横断幕を目に触れさせたり、ビラを配布したり、大音量の演説を行った旨を主張するが、これらの事由は本件法人回答に団体交渉拒否の理由として挙げられていないこと、組合は第2回団体交渉までに法人施設前における情宣活動を4回実施し、法人関係者への組合要請文書送付も既に実施していたことなどが認められるところ、法人が挙げる組合の行為が団体交渉の実施を困難にする程度に至っていたものと認めるに足りる具体的事実の疎明はない。

c 法人は、組合が、団体交渉において法人側出席者を罵倒した旨を主張するが、法人指摘の発言は団体交渉という交渉担当者間の駆け引きの場における発言であること、いずれの発言の後も団体交渉が継続されていることを考慮すると、言葉遣いとして不穏当な面があることは否めないものの、これらの発言について、その後の団体交渉の実施を困難にする程度のものであったということはできない。

() 小括

以上のことから、法人の主張する事情は、いずれも団体交渉開催の具体的な支障になるものであったということはできず、法人が団体交渉に応じなかったことに正当な理由があったとは認められない。

ウ 支配介入について

法人が問題視する組合の自主性や民主性に関する事項は組合の内部運営に係る事柄であり、これらに関する問題が労働組合内で生じた場合、その解決は労働組合の自主性に委ねられるべきものであること、法人の主張する事情は、いずれも団体交渉開催の具体的な支障になるものであったということはできないことに鑑みると、法人が組合執行委員長の交渉権限及び労働協約締結権限の有無の疑義がなくなるまで団体交渉は留保せざるを得ないなどとして団体交渉を拒否したことは、組合の自主的な組織運営や活動に介入し、組合の代表者資格を否定することにより組合を弱体化させる行為であるといわざるを得ない。

エ 結論

以上のとおり、法人が、本件団体交渉申入れに応じなかったことは、正当な理由のない団体交渉の拒否に該当するとともに、組合の組織運営に対する支配介入にも該当する。

5 命令書交付の経過

⑴ 申立年月日   令和2年8月19

⑵ 公益委員会議の合議 令和4年1018

⑶ 命令書交付日 令和4年12月7日

記事ID:044-001-20241018-009403