【別紙】S事件(令和2年不第74号事件)命令書交付について

1 当事者の概要

⑴ 申立人X1(以下「組合」という。)は、肩書地に事務所を置き、主に中小企業の労働者が企業の枠を越えて個人で加盟しているいわゆる合同労組であり、平成24年4月に結成された。本件申立時の組合員数は約300名である。

⑵ 被申立人Y1(以下「会社」という。)は、肩書地に本社を置き、ドラッグストアへの配送等を行う運送業を営む株式会社である。本件申立時の従業員数は約120名である。会社のY2支店からの配送先は、主として申立外Z1社のドラッグストア各店舗であるが、Z1社は、店舗への商品配送を申立外Z2社に委託し、会社は、Z2社から再委託を受け、配送業務を行う関係であった。

2 事件の概要

2612月、組合は、会社に対し、会社のトラック運転手であるX2の組合加入を通知するとともに、X2の未払賃金の支払等を求める団体交渉を申し入れた。これ以降、組合と会社との間では、団体交渉や不当労働行為救済申立てを経て27年に和解が成立し、X2と会社との間では、未払賃金請求等訴訟を経て、28年にX2の労働条件等について合意する和解が成立した。

令和元年7月12日、X2は、会社内で会社への批判や不満を大声で述べたため、そのことにつき、8月13日に会社から懲戒処分「譴責」(以下「元年8月けん責処分」という。)を受けた。

2年5月30日、X2は、会社の倉庫内に積んであった段ボール箱入りの荷物を故意に押し倒して崩し、蹴り、投げるなどし(以下、これらのX2の行為を「荷物崩し及び足蹴等行為」という。)、その結果、段ボール箱や段ボール箱の中に入っていた商品の一部が破損した。

7月1日、会社は、X2に対し、荷物崩し及び足蹴等行為は非常に危険かつ悪質なものであり、その結果、会社が荷主から厳重注意も受けた、また、元年8月けん責処分から1年も経過していない時期の行為であり、勤務態度に改善がみられないとして、2年7月1日付けで即日普通解雇(以下「本件解雇」という。)とすることを通知した。

組合は、本件解雇の撤回を求め、会社との間で団体交渉が行われた。団体交渉で、組合は、荷物崩し及び足蹴等行為を理由とする本件解雇は重過ぎる旨を述べたほか、本件解雇の通知書(以下「本件解雇通知書」という。)に記載されている元年8月けん責処分やX2の勤務態度に係ることについて詳細を説明するように求めた。会社は、書面や団体交渉の場で回答をしたが、組合はそれらの内容や会社の対応が不十分であると主張した。また、上記「荷主から厳重注意」に関し、団体交渉における会社の説明が、事実と違っていたことが後に判明した。

本件は、会社による本件解雇は、X2が組合の組合員であるが故の不利益取扱い又は組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点1)、組合と会社とが行った、本件解雇に係る第2回から第5回までの4回の団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点2)が争われた事案である。

3 主 文 <棄却>

本件申立てを棄却する。

4 判断の要旨

⑴ 会社による本件解雇は、X2が組合の組合員であるが故の不利益取扱い又は組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点1)について

ア 会社と組合又は組合員との労使関係について

組合は、諸事実を挙げて、会社が、組合員であるX2を排除する不当労働行為意思を持っていたことが推測されると主張するが、これらは、全て区切りがついていたと認められ、その後に組合と会社との紛争が拡大又は継続した事情はうかがわれない。

上記に加え、会社において唯一の組合員であるX2のことについて、組合と会社との団体交渉が28年の和解以降本件解雇(令和2年7月1日)までの間に行われていないこと及び、元年8月けん責処分について、本件解雇までの間に、組合が会社に対する抗議や団体交渉申入れを行っていないことを併せ考えると、本件解雇当時、組合と会社との間が対立的な労使関係であったということはできず、また、会社が、組合員としてのX2の存在やその活動を敵視していたといえるほどの状況にあったということもできない。

イ 荷物崩し及び足蹴等行為について

組合は、荷物崩し及び足蹴等行為(2年5月30日)は、解雇に相当するような「相当に悪質な行為」ではないとして、それを理由とする本件解雇は、組合員を狙い撃ちにしたものである旨も主張する。

() X2の荷物崩し及び足蹴等行為は、約5分間で、段ボール箱を両手で強く押し倒したり、台車を持ち上げて床に投げつけたり、段ボール箱を蹴ったり、そこに向かって台車を強く押したりした態様及びこれらを連続して行っていることから、故意に行ったものであるといわざるを得ず、これにより、実際に商品の破損が生じている。

本件解雇通知書には、「業務時間中に、荷主様にお届けする予定の大切な商品を故意に蹴り飛ばし破損させたものであり行為態様は非常に危険かつ悪質である。また、これを一度だけでなく数回にわたり繰り返した。」、「荷主の商品を故意に破損させるという信用失墜行為であり、器物損壊罪に該当する犯罪行為である。」とあり、会社は、荷物崩し及び足蹴等行為そのものを問題視して本件解雇の直接の理由としているとみることができる。そして、上記行為の態様に加え、X2が元年8月けん責処分を受け、「貴殿については、このような同様のトラブルが続いていることから、次回もトラブルを引き起こした場合は、今回以上の厳しい処分となる可能性があるので、十分に注意してください。」と通知されていたことも考慮すると、会社が本件解雇の判断をしたことには、それ相応の理由があるとみることができる。

() これに対し、組合は、会社の「執行役」Y3がX2から事情聴取をしたのは行為の3日後であり、議事録の記載からしても、同執行役は、解雇相当の事案とは考えていなかったと主張する。しかし、6月2日付議事録のY3執行役の「所見」から、当時同執行役はX2が解雇されるということまでは考えていなかった様子はうかがわれるが、本件解雇は、会社の懲罰委員会が決定したものであり、同執行役は決定に加わっていなかったので、会社として「解雇相当の事案と考えていなかった」とまではいえない。

() 組合は、会社とZ2社との関係からみても、Z2社から厳重注意を受けるはずがない旨を主張するが、会社がZ2社から注意されたのは、各返品伝票を提出する際に荷物崩し及び足蹴等行為によって商品が破損した旨を申し添えていたことによると認められ、故意による同行為に起因する商品破損であるという事情を知ったZ2社が会社に対して注意したとしても何ら不自然とはいえないから、厳重注意は全くなかったという組合の主張を採用することは困難である。

() 組合は、本件解雇通知書に記載された「荷主」とは、Z1社を指すものであり、解雇理由の後半は全くの虚偽であるとも主張する。

確かに、会社は、厳重注意をした荷主がZ2社ではなくZ1社であると誤認していて、団体交渉で誤認に基づいた説明を行い、後日主張の訂正を行った。しかし、上記()判断のとおり、会社は、荷物崩し及び足蹴等行為そのものを問題視して本件解雇の直接の理由としているとみることができることに加え、会社側の団体交渉出席者が荷主を誤認していたとしても、会社が注意を受けたこと自体は変わらないのであるから、組合の主張する上記事実が本件解雇の当否に影響を及ぼす事情であるとまではいえない。

ウ 以上のとおり、本件解雇当時、組合と会社との間が対立的な労使関係であったということはできず、また、会社が、組合員としてのX2の存在やその活動を敵視していたといえるほどの状況にあったということもできないところ、会社が、X2の荷物崩し及び足蹴等行為を問題視して本件解雇の判断をしたことには、それ相応の理由があり、そのほかにX2が組合員であることを理由として本件解雇を行ったと認めるに足りる事情は特にうかがわれないことから、会社による本件解雇は、X2が組合の組合員であるが故の不利益取扱いには該当しないし、組合の運営に対する支配介入にも該当しないといわざるを得ない。

⑵ 本件解雇に係る第2回から第5回までの4回の団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点2)について

ア 組合は、第2回から第5回団体交渉まで一貫して、会社の対応が、既に通知した内容について答えない、事実と違う説明をする、回答や訂正を行わないなど、不誠実なものであると主張するので、以下、組合の主張する会社の対応について検討する。

イ 元年8月けん責処分に関わる過去の注意指導関係

組合は、けん責処分通知書記載の「過去も同様な事案」について、会社が、第2回から第3回団体交渉までで異なる回答をした旨主張する。

確かに、会社の各回答は異なっているが、会社は、過去の注意指導について、調査、整理しつつ説明し、最終的に第3回団体交渉で確定させたとみることもできる。この時点で、少なくとも、会社が意図的に異なる説明をしたという事情はうかがわれないし、上記各回答が異なっていたことによって本件解雇に係る交渉自体に何らかの支障が生じたような事情もうかがわれず、第2回団体交渉と、2年10月5日付回答書と、第3回団体交渉とで会社の回答が異なっていたことをもって、不誠実な対応であるとまでいうことはできない。

ウ 「事実と異なる内容問題」

第4回団体交渉で「事実と異なる内容問題」の交渉が平行線となったのは、X2の発言は「事実と異なる内容」ではないとして、元年8月けん責処分の理由から除外するよう求める組合と、発言内容を一部分に限定せず、発言全体を総合的に判断すべきだとする会社との間の考え方の違いによるものであるというべきであり、会社の対応が不誠実であったために、交渉が平行線になったということはできない。

エ 荷物崩し及び足蹴等行為に起因する損害や厳重注意関係

() 第5回団体交渉で、会社は、Z1社から返品された、店長から厳重注意を受けたとの説明をしたが、3年3月26日、会社は、改めて事実確認及び調査したところ、正しくは、商品破損の報告を行った相手方はZ2社であった、店舗から返品されたものではなく、破損が明らかであったため、納品前にZ2社に報告を行った上で、会社で引き取った、会社に対する注意を行ったのはZ2社である、などと団体交渉における説明を訂正した。

事実ではない説明を行った会社の対応には、問題があったといわざるを得ない。しかし、実際に商品破損があり、損害額が発生し、返品伝票を作成したという大筋の事実は変わらないし、会社に対して注意を行ったのがZ1社ではなくZ2社であったとしても、会社が、荷物崩し及び足蹴等行為に起因する商品破損について注意を受けた事実は変わらない。そうすると、第5回団体交渉において、説明の一部が事実と違うものであったとしても、会社は、返品伝票作成や厳重注意の経緯について、ある程度の説明を行っていたということができる。

() 第5回団体交渉で、会社が損害額の根拠として返品伝票を示しても、組合は、その信ぴょう性を疑い、返品の必要がなかったのではないかと主張し、その後のやり取りでも、組合は、荷物崩し及び足蹴等行為に起因する厳重注意や損害があったことを疑う旨を繰り返し述べていた上で、会社代理人の発言を制してまでY3執行役の発言を求めている。このような追及を受けたことからすると、Y3執行役がその場で何らかの回答をしなければならばないと考えたことは不自然ではないといえる。

また、Y3執行役の発言は断定的なものではなく、会社は、厳重注意をした者の名について今は正確な回答ができないなどと述べていて、組合も、会社に対し、改めての確認や回答を求めていたことが認められる。その後、会社は、実際に改めて調査をした上で、団体交渉における説明を訂正し、改めて事実関係を説明している。これらのことを考慮すると、第5回団体交渉でY3執行役が事実と違う説明をしたのは、上記のようにその場で何らかの回答をしなければならないと考えた同執行役が、自身の過去の経験認識を基に、その時点で誤認したままの事実を回答したものとみるのが相当である。

() 以上のとおり、第5回団体交渉で、Y3執行役が事実と違う説明を行ったのは、その場で何らかの回答をしなければならないと考えて誤認した回答をしてしまったものであり、また、当時の同執行役の認識に基づいてある程度の説明を行っていたということができ、会社は、確認して後日正確な回答をすることを予定していて、実際に、後日、調査を行った上で団体交渉における説明を訂正し、改めて事実関係を説明していることも考慮すれば、本件では、会社が、単に事実と違う説明をし、それ以上の回答をしない、訂正もしないというような対応であったとはいえず、団体交渉における会社の対応が不誠実であったということはできない。

オ 本件解雇に係る第2回から第5回までの4回の団体交渉においては、本件解雇の直接の理由である荷物崩し及び足蹴等行為だけでなく、元年8月けん責処分やそれ以前の各指導記録書などについても詳細なやり取りがなされ、会社は、組合からの要求や質問について、その場で回答できなかったことは、次回団体交渉の前に書面で回答したり、資料を提示したりするなど、相応の対応をしており、会社の対応が不誠実であるとする組合の主張は、いずれも採用することができないのであるから、上記4回の団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉には該当しない。

5 命令書交付の経過

⑴ 申立年月日   令和2年8月14

⑵ 公益委員会議の合議 令和4年9月20

⑶ 命令書交付日 令和4年1020

記事ID:044-001-20241018-009402