【別紙】

 

1 当事者の概要

⑴ 申立人組合は、被申立人会社の従業員により昭和24年に結成された労働組合であり、本件申立時における組合員数は29名である。なお、会社には、組合のほかに、従業員総数の約8割が加入する申立外Z1組合がある。

⑵ 被申立人会社は、日刊新聞の発行等を業とする株式会社であり、従業員数は約2,700名である。なお、会社はいわゆる非上場会社である。

2 事件の概要

 会社は、昭和30年頃より、従業員に対して毎年3,000円の錬成費を支給しており、平成22年以降は、3月の給与支給日に併せて支給していた。また、組合と会社との間では、給与の諸手当については、3年に一度団体交渉(以下「諸手当団交」という。)を開催して協議が行われていた。なお、令和元年においては、同年10月に3回にわたって諸手当団交が開催されたが、その際に、会社は錬成費の廃止について言及はしていなかった。

 2年1月30日、会社は、組合に対して錬成費の廃止を通知した。それに対して組合は、錬成費廃止の撤回等を要求し、4回にわたって団体交渉が開催されたが協議は進展しなかった。

3月25日、会社は、錬成費を従業員に支給せず、錬成費を廃止した。その後、4月15日の団体交渉においても錬成費の廃止について協議が行われたが、労使の意見が対立して合意に至らなかった。

 本件は、@会社が錬成費を廃止したことは組合運営に対する支配介入に、A錬成費廃止に係る団体交渉における会社の一連の対応は不誠実な団体交渉に、それぞれ当たるか否かが争われた事案である。

3 主 文<棄却>

  本件申立てを棄却する。

4 判断の要旨

⑴ 会社が錬成費を廃止したことは組合運営に対する支配介入に当たるかについて

ア 錬成費が、約60年もの長期間にわたり、労使双方から特段の異論が出ることもなく、繰り返し支給が続けられてきたという経緯に鑑みると、会社が、錬成費の見直しを図るのであれば、3年ごとに開催される諸手当団交において十分な協議がなされることが望ましかったというべきであり、会社が、諸手当団交では提案せずに、従前の支給日の約2か月前に廃止を通知したことは、いささか拙速な対応であったといえる。

イ しかしながら、会社が錬成費廃止を通知した令和2年1月以前の事情をみると、元年10月の諸手当団交及び同年11月の年末一時金団体交渉において、会社は経営状況の悪化と次年度の赤字陥落への懸念に言及しており、また、会社が組合に開示した元年度の中間決算の内容をみても、赤字決算ではないものの、営業利益が前年の6割弱まで大きく減少しており、当時の会社の財務状況は、必ずしも良好ではなかったといえる。そのような財政状況を考慮すると、支給の趣旨や経緯が明確とはいえない錬成費を見直す必要性がなかったとはいえず、会社が錬成費の見直しに着手したとしても、必ずしも不自然な対応とはいえない。

ウ さらに、会社は、組合の組合員だけではなく、Z1組合の組合員や非組合員も含めた全従業員を対象として、錬成費を廃止している。また、組合とZ1組合の双方に対し、同じ日に錬成費の廃止を告げ、両労働組合に対する廃止理由の説明内容をみても大きな差異は認められない。しかも、実際に、錬成費廃止後に組合から脱退者が生じたなどの事実も認められない。

エ 加えて、労使合意には至らなかったものの、錬成費廃止の通知後に、複数回にわたって団体交渉が開催されて協議が行われ、会社は、後記の判断のとおり、団体交渉において、組合に対し、錬成費廃止につきその根拠となる資料を示して相応の説明をしている。

オ そうすると、前記アのとおり、約60年もの長期間にわたり支給が続けられてきた錬成費の見直しを図るのであれば、本来は、3年ごとに開催される諸手当団交において十分な協議がなされることが望ましかったといえるものの、前記イないしエの事情を総合的に考慮すると、錬成費の廃止は、良好とはいえない財務状況を背景として、組合の組合員だけではなく、Z1組合の組合員や非組合員を含む全従業員を対象として、錬成費の支給の見直しを図ったものとみるのが相当であり、会社が、錬成費の廃止の協議に当たり、組合とZ1組合とで同等の取扱いをしていることや、やや拙速であったとはいえ、組合との間で複数回の団体交渉を行い、資料を示して相応の説明をしたこと等も踏まえると、会社が錬成費を廃止したことが、組合の運営に対する支配介入に当たるとまではいえない。

⑵ 錬成費廃止に係る団体交渉における会社の一連の対応は不誠実な団体交渉に当たるかについて

ア 錬成費の廃止は、それまで約60年もの長期間にわたって反復継続されてきた金銭給付がなくなるのであるから、組合員の労働条件その他の待遇に当たるものとして、使用者が誠実に協議に応ずべき義務的団交事項に当たるといえる。そして、組合は、錬成費廃止に係る団体交渉における会社の一連の対応が不誠実な団体交渉に当たると主張するので、以下検討する。

イ 組合は、会社は黒字決算を見込むなど錬成費を廃止する必要性がなかったにもかかわらず、抽象的な経営危機を主張して廃止の結論を述べるだけで、錬成費廃止の必要性や合理性についての具体的根拠や説明を行わず、組合が求める役員報酬の開示にも応じなかったと主張する。

ウ そこで、会社の対応をみると、会社は、錬成費廃止の通知とその後の春闘団体交渉において、一貫して、錬成費を廃止すること及びその廃止には合理的理由がある旨を繰り返し述べている。また、会社は、第2回春闘団体交渉において、組合からの役員報酬の開示要求に対し、開示する法的義務はないなどと回答して、これに応じていないことが認められる。

エ しかし、会社は、定例事務連絡において、錬成費廃止の理由として、@支給の根拠や趣旨が不明確であること、A会社の経営環境が悪化していることを挙げており、その後の団体交渉でも、元年度の通期決算の内容を開示した上で、利益減少の要因や来年度の赤字転落の可能性などの懸念等を説明している。このことからすれば、会社は、錬成費廃止の理由として挙げる財務状況について、その根拠となる資料を示して相応の説明をしていたとみるのが相当である。

オ また、錬成費の支給根拠及び支給趣旨が不明確であることについては、会社は、定例事務連絡において、事情の変遷を錬成費の支給開始時まで遡及して説明しており、その後の団体交渉においても、錬成費の支給根拠と支給趣旨が不明確であることについて、労使間において大きな認識の相違はなかったといえるのであるから、その点に係る議論が具体的に進展する余地は乏しかったともいえる。そして、錬成費廃止通知後に開催された、5回の春闘団体交渉におけるやり取りをみると、錬成費が賃金や労働条件に当たるのか、廃止理由が合理的といえるのかなどをめぐって、労使ともに同じ主張が繰り返し述べられている。このように、労使の主張が対立して同様のやり取りが繰り返されていたのであるから、会社が従前の主張を繰り返し回答したとしても無理からぬところであったとみるべきである。

カ さらに、組合が開示を求めた役員報酬額については、第3回春闘団体交渉において、会社は、リーマン・ショック時に実施した役員報酬の2割削減を現在においても継続していることや、役員に就く者の属性に係る組合の質問には回答しており、一定の回答は行っていたといえる。

キ そして、前記の判断のとおり、約60年もの長期間にわたり支給が続けられてきた錬成費については、諸手当団交の場において十分な協議がなされることが望ましく、会社が、約2か月前に廃止を通知したことは、いささか拙速な対応であったといえるものの、前記エないしカのとおり、会社は、錬成費廃止の通知後に行われた5回の春闘団体交渉を通じて、錬成費を廃止する理由について、その根拠となる必要な財務資料を開示するなどして、相応の対応をしていたのであるから、会社の団体交渉における一連の対応が不誠実な団体交渉に当たるとまではいえない。

5 命令書交付の経過 

⑴ 申立年月日      令和3年3月22

⑵ 公益委員会議の合議 令和6年1月9日

⑶ 命令書交付日    令和6年2月5日