【別紙】

 

1 当事者の概要

⑴ 申立人JMITUは、金属情報通信産業に働く労働者で組織された全国規模の産業別労働組合であり、本件申立時の組合員は約8,000名である。

申立人JMITU東京地方本部は、JMITU傘下の組合員約3,000名で組織する東京都の地方本部である。

申立人JMITU日本アイビーエム支部(以下、申立人3者を併せて「組合ら」という。)は、被申立人日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「会社」という。)及びその関連会社で働くJMITUの組合員で組織する労働組合であり、本件申立時の組合員は約120名である。

⑵ 被申立人会社は、情報システムに関わる製品やサービスの提供等を業とする資本金1,053億円の株式会社である。

被申立人キンドリルジャパン株式会社(以下「キンドリル」という。)は、令和3年9月1日に会社から会社の一部事業(以下「本件承継事業」という。)を承継した株式会社である。

 

2 事件の概要

⑴ 平成25年4月、会社は、高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(以下「高年法」という。)に対応する制度としてシニア契約社員制度を設け、以後、会社を定年退職後に雇用継続を希望する社員をシニア契約社員として雇用を継続するようになった。

なお、シニア契約社員の労働条件は、給与が月額17万円、賞与の支給はなし、有給休暇の付与日数が20日であった。

シニア契約社員制度の導入以降、組合らは、主に春闘及び秋闘要求において、シニア契約社員に関して、給与を増額し、賞与を支給し、有給休暇の付与日数を29日とすることを要求し、これに対して会社は、組合らの要求には応じられない旨を回答していた。

組合らと会社とは、シニア契約社員の給与、賞与及び有給休暇について、令和元年1113日、2年3月13日及び5月28日に団体交渉を行った(以下3回の団体交渉を併せて「本件団体交渉」ということがある。)。

本件申立て後の3年9月1日、会社とキンドリルとは、同年7月5日付けの吸収分割契約により、会社を分割会社、キンドリルを承継会社として本件承継事業をキンドリルに承継させた。

⑵ 本件は、@元年1113日、2年3月13日及び5月28日に行われたシニア契約社員の給与、賞与及び有給休暇に関する団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉及び支配介入に当たるか否か(争点1)、A会社が不当労働行為責任を負う場合、会社から事業の一部に関する権利義務を吸収分割により承継したキンドリルは、会社の不当労働行為責任を承継するか否か(争点2)が争われた事案である。

 

3 主文の要旨 <全部救済>

⑴ 会社は、組合らが申し入れたシニア契約社員の給与等を議題とする団体交渉について、シニア契約社員をバンド3に位置付けて給与額等を決定した理由、シニア契約社員と正社員との待遇の相違の理由、シニア契約社員制度導入以降給与を据え置いている理由を具体的に説明するなどして、誠実に応じること。

⑵ 文書掲示(要旨:団体交渉に応じなかったことが不当労働行為と認定されたこと。今後繰り返さないよう留意すること。)

⑶ キンドリルは、組合らが、定年後再雇用者の給与等を議題とする団体交渉を申し入れたときは、誠実に応じなければならない。

⑷ 会社による⑵の履行報告

 

4 判断の要旨

⑴ 令和元年1113日、2年3月13日及び5月28日に行われたシニア契約社員の給与、賞与及び有給休暇に関する団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉及び支配介入に当たるか否か(争点1)

  ア 本件団体交渉に至るまでの経緯

組合らは、会社がシニア契約社員制度を導入した後の平成25年秋闘以降、同社員の処遇を問題視して会社に改善を求め続けており、当初は賃上げや賞与の支給などを要求するのみであったが、291214日には、自ら調査して定年後の再雇用者に賞与が支給されることが主流であることを会社に伝えて処遇の改善を求めた。その後も、有期雇用であるアルバイトに賞与を支給しないことは不合理な格差であるとの判決が言い渡されたこと、月額17万円は公契約条例の最低賃金を下回る可能性があること、厚生労働省の同一労働同一賃金ガイドラインが公表され、それに従って賞与制度の整備が必要であること、令和2年4月1日からパートタイム・有期雇用労働法が施行され、これに違反しないように処遇を改善する必要があることなどを指摘し、社会情勢の変化に応じてシニア契約社員の処遇改善を求めていた。

これらに対して会社は、シニア契約社員の処遇については、担当する業務の重要度・困難度を勘案し決定しているもので、現時点で組合らの要求に応じる考えはないなどと、ほぼ同じ内容の回答を繰り返していたことが認められる。

  イ 元年1113日の団体交渉

1113日の団体交渉に先立って、組合らは、1112日付要求書を送付し、シニア契約社員が賞与も福利厚生もなく年額204万円という低労働条件であることについて、パートタイム・有期雇用労働法に関する厚生労働省のパンフレットを示して会社の説明義務を指摘した上で、資料を開示して説明するよう求めた。

1113日の団体交渉において、会社は、1112日付要求書を昨日受け取ったばかりなので後日回答する、早めに回答するなどと応じた。しかし、その後回答がないため、組合が「1128日付抗議・要求書」により抗議したところ、会社は、1211日、高年法の趣旨に応えつつ、担当する業務の重要度・困難度を勘案し決定しているものであり、現時点で組合らの要求に応じる考えはない旨の、従前と同様の回答を行った。

ウ 2年3月13日の団体交渉

() 組合らは、2年春闘要求書において、シニア契約社員の年収約200万円は、会社の50歳代の正社員の平均年収約850万円に対し、約75パーセント減となっていることなどを示し、パートタイム・有期雇用労働法が4月1日から施行されることを踏まえ、シニア契約社員と正社員との労働条件に不合理な待遇差がないようにすることを要求したが、会社は、3月4日、シニア契約社員の処遇については、担当する業務の重要度・困難度を勘案して決定している、現時点で組合らの要求に応じる考えはないなどと、従前と同様の回答を行った。

() 3月13日の団体交渉において、組合らは、Xの例を挙げて、現役(正社員)の時とシニア契約社員の時とでほぼ同じ業務を行っているにもかかわらず、シニア契約社員となると給与額が著しく減額となることを問題視し、月額17万円という給与がどのように決まったのかを会社に追及した。これに対して会社は、3月4日の回答は2年春闘要求書を踏まえたものであり、Xの例は急な話なので、個別の要求であれば別個で話をしてほしいと述べた上で、シニア契約社員の給与額17万円というのはプログラムの中で決まっているなどと回答した。

組合らが、社会環境が変化する中で給与が月額17万円に据え置かれているのでその根拠が知りたい、使用者は同一労働同一賃金の趣旨に沿って不合理な待遇差について、労働組合に説明しなければならないとして、なぜ月額17万円なのかの質問に答えるよう求めたところ、会社は、社会環境の変化は理解するが、現時点で組合らに回答できるような固まったもの(案)はない、シニア契約社員という制度の中ではバンド3という仕事の難易度などをみて判断しており、制度としては同一労働同一賃金に直ちに違反するものではないと考えているなどと回答した。

会社は、シニア契約社員の給与等は、職務内容のみに基づいて決定されるものであり、それ以外の要素によって左右されるものではないから、シニア契約社員の職務内容はバンド3相当であるためとの説明にならざるを得ないと主張する。しかし、組合らは、1112日付要求書及び2年春闘要求書において、パートタイム・有期雇用労働法に基づき不合理な待遇差がないようにすることを要求し、3月13日の団体交渉においても、同一労働同一賃金の趣旨に沿って不合理な待遇差に係る説明を求めていたのであるから、会社は、単に職務内容がバンド3相当であると述べるだけではなく、バンド3の職務に対する月額17万円という待遇と正社員の待遇との相違の内容やその理由を説明する必要があったというべきであり、シニア契約社員の給与等が職務内容のみに基づいて決定されるから、職務内容がバンド3相当であるためとの説明で足りるとする会社の主張は、採用することができない。

() 組合らが、制度として、職務内容の重要度・困難度を具体的にはどのように勘案しているのかと質問すると、会社は、バンド3の仕事は部門のサポート業務であり、制度導入時に臨時雇用者や派遣労働者の行っていた仕事であって、17万円という金額はマーケットでその仕事が幾らぐらいなのかということで決めたなどと説明した。組合らが、バンド3の給与を決めたときの水準や考え方、及び制度導入以降給与が変わっていない理由を質問すると、会社は、継続雇用する方にやってもらう仕事を決め、その仕事をマーケットでみると幾らかということで決めた、その給与でマーケットの水準であると考えているなどと説明した。組合らは、一般的な事務のサポートでも、派遣契約でも、17万円というのは安すぎるなどと述べたが、会社は、サポートの仕事としては妥当だと考えているなどと述べた。

このように、会社は、17万円という給与金額の算定根拠や、制度導入以来それが変わっていない理由については、抽象的な説明をするだけで、資料に基づいた具体的な説明等は行っていない。

会社は、労働組合の要求や質問が抽象的・簡潔であれば、使用者の回答・説明も抽象的・簡潔な内容で足りると主張する。しかし、組合らは、前記アのとおり、本件団体交渉の前から、社会情勢の変化を具体的に指摘した上で、それに応じたシニア契約社員の処遇改善を求めており、本件団体交渉に先立つ1112日付要求書や2年春闘要求書においても、シニア契約社員の年収約200万円は、会社の50歳代の正社員の平均年収約850万円に対し、約75パーセント減となっているなど、シニア契約社員の給与が低いことを具体的に示した上で、その待遇差について、パートタイム・有期雇用労働法の説明義務に基づき資料を開示して説明するよう求めるなどしており、団体交渉においても、それらを踏まえて質問していたのに対し、会社は、従前と同様の抽象的な回答を繰り返しているのであるから、会社が、組合らの質問に応じた適切な説明や回答を行ったとは、到底認められない。

また、会社は、シニア契約社員制度について、同制度の導入前に説明しているから、これと同様の回答とならざるを得なかったとも主張する。しかし、上記のとおり、組合らは、本件団体交渉の前から、制度導入後に定年後再雇用を取り巻く環境が変化してきたことを、その都度指摘してきたし、本件団体交渉に先立つ申入れや3月13日の団体交渉においても、現時点でシニア契約社員の給与が低すぎることや、制度導入以来給与が変わっていないことに疑問を示して、説明を求めていたのであるから、制度導入前と同様の回答を繰り返しただけの会社の対応では、会社が、組合らの質問に応じた適切な説明や回答を行ったとは、到底認められない。

 エ 5月28日の団体交渉

() 組合らは、5月12日付要求書により、パートタイム・有期雇用労働法第14条第2項に基づいて、Xらと同一部署・同一業務の社員を「通常の労働者」として特定して、待遇の相違について説明することを要求したが、会社は、5月27日付回答書により、高年法の趣旨に応えつつ、担当する業務の重要度・困難度を勘案し決定しているものであり、シニア契約社員であるXらについて、シニア契約社員制度の規定の下に適切な運用がなされているとの考えであるなどと、従前と同様の回答を行った。

() 5月28日の団体交渉において、組合らは、5月12日付要求書では、パートタイム・有期雇用労働法第14条第2項に基づいてXらと正社員との間の待遇の相違等について具体的な説明を要求したとして、従前と同様の回答ではなく、労働条件が違う理由をもう一度説明してほしいと述べたが、会社は、制度に関することはこれまでと同様であり、制度についてもXらの個別のケースについても適切に運用されていると述べた。組合らが、Xらと比較対象となる「通常の労働者」を特定し、根拠となる法律も提示した上での要求であることや、業務の重要度・困難度を勘案して決定していることに係る資料の提出の有無等を確認しても、会社は、現時点での組合らの要求に対しての回答はこのようなものであり、組合らが指摘する資料を提出する予定は今のところないと答えた。

会社は、パートタイム・有期雇用労働法第14条第2項に関して、組合らが比較対象とした者らは、「通常の労働者」に該当しないため、会社としてはその待遇の相違の内容や理由を説明することができなかったと主張する。しかし、そうであれば、団体交渉の中でその旨を組合らに説明すべきところ、会社がその旨を説明した事実は認められない。加えて、パートタイム・有期雇用労働法に基づく説明を求められている以上、仮に会社が、組合らの比較対象とした者らは「通常の労働者」に該当しないと考えたとしても、会社は、会社が比較対象と考える「通常の労働者」を特定して説明する必要があったというべきであり、待遇の相違の内容や理由について具体的な説明をせず、従前と同様の抽象的な回答を繰り返しただけの会社の対応は、組合らの質問に応じた適切な説明や回答を行ったとは、到底認められない。

() 会社は、上記()のとおり、従前と同様の回答を繰り返し、それ以上の説明や資料提示等を行おうとはしなかったが、一方で、組合らから今回の要求以上に指摘があればそれは協議していく、回答が足りないということであれば引き続き協議を行っていく、組合ら側の理由や根拠があると思うので、それを出してもらえれば同じではないというような説明をするなどと述べ、組合らが、新たに理由や根拠となる事実等を示せば、協議に応ずる姿勢を示している。これに対し、組合らは、理由や根拠は5月12日付要求書で説明し尽くしているので、会社が重要度・困難度をどのように勘案して、どのように決定しているのかについて資料を提出するのが次のステップになるなどと述べ、新たに理由や根拠となる事実等を示して会社に協議を求めたりはしなかった。

この点だけをみれば、交渉を進展させるために次なる対応をするのは組合であったのに、組合がそれをしなかったようにも見受けられる。

しかし、上記()及び前記ウのとおり、組合らは、シニア契約社員の給与が低いことなどについて根拠を示した上で、パートタイム・有期雇用労働法の説明義務に基づく具体的な説明を求めていたのに対し、会社は、組合らの質問に応じた具体的な説明や回答を行わず、従前と同様の抽象的な回答を繰り返していたのであるから、本来、交渉を進展させるために次なる対応をするのは、会社であったというべきである。それにもかかわらず、組合らが、新たに理由や根拠となる事実等を示さない限り、従来と同様の回答しか行わないとした会社の対応は、組合らの質問に応じた適切な説明や回答を行ったとは、到底認められない。

オ 結論

以上要するに、組合らは、長年にわたりシニア契約社員の処遇改善を会社に要求し、社会情勢や定年後再雇用を取り巻く環境の変化に応じて、会社に改善すべき根拠を示してきており、本件団体交渉においても、シニア契約社員の給与が低いことなどについて根拠を示した上で、パートタイム・有期雇用労働法の説明義務に基づく具体的な説明を求めていたのに対し、会社は、組合らの質問に応じた具体的な説明や回答を行わず、従前と同様の抽象的な回答を繰り返していたのであるから、元年1113日、2年3月13日及び5月28日に行われたシニア契約社員の給与を議題とする団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉に当たるといわざるを得ない。

なお、組合らは、会社の対応が支配介入にも当たると主張する。しかし、会社は、組合らの質問に応じた具体的な説明や回答を行っていなかったものの、会社が、組合らの存在を殊更に無視ないし軽視したり、組合らの交渉力を弱め、弱体化させることを企図して上記対応を行っていたとまで認めるに足りる疎明はないことから、本件団体交渉における会社の対応が支配介入にも当たるとまでいうことはできない。

⑵ 会社が不当労働行為責任を負う場合、会社から事業の一部に関する権利義務を吸収分割により承継したキンドリルは、会社の不当労働行為責任を承継するか否か(争点2)

3年9月1日、会社とキンドリルとは、同年7月5日付けの吸収分割契約により、会社を分割会社、キンドリルを承継会社として、本件承継事業を会社からキンドリルに承継させており、吸収分割契約によって労働契約が会社からキンドリルに承継された従業員の中には、組合に所属している従業員も含まれている。

本件承継事業に関連する債権債務は、会社からキンドリルに免責的に承継され、同事業に従事する従業員の労働契約は、吸収分割契約の定めるクロージング日(3年9月1日)に、会社からキンドリルに承継されている。また、雇用に関する会社と従業員間のすべての債務等も会社からキンドリルに免責的に承継された。

このような状況においては、会社からキンドリルに承継される権利義務の一つとして不当労働行為責任も承継されると解すべきである。

 

5 命令書交付の経過 

⑴ 申立年月日      令和2年11月6日

⑵ 公益委員会議の合議 令和5年7月4日及び1121

⑶ 命令書交付日    令和6年3月18