【別紙】

 

1 当事者の概要

   申立人組合は、被申立人法人が設置するX2(以下「X2」という。)の教職員によって昭和47年に結成され、平成28年7月25日に東京私立学校教職員組合連合に加盟した労働組合であり、本件申立時の組合員数は、31名である。

   被申立人法人は、X2のほか、X3、X4及びX5を設置する学校法人である。29年5月1日時点における法人の教職員数は、法人全体で326名(内訳は、非常勤教員を除く教員243名と職員83名。学長、副学長、校長は含まない。以下同じ。)であり、このうち、X2には63名(教員57名、職員6名)の教職員が在籍している。

   

2 事件の概要

28年2月24日、法人は、職員会議において、定期昇給の停止、35歳以下の教職員に対する査定による昇給(以下「メリット昇給」という。)の実施、永年勤続者への特別昇給(以下「特別昇給」という。)制度の廃止、永年勤続者への特別休暇(以下「特別休暇」という。)制度の新設などを発表した。

その後、組合と法人との間で、上記事項等について団体交渉が実施された。

本件は、これらの団体交渉のうち、291020日(第7回)から31年4月19日(第14回)までの間に行われた団体交渉における法人の対応が、不誠実な団体交渉に当たるか否かが争われた事案である。

 

3 主文 <棄却命令>

  本件申立てを棄却する。

 

4 判断の要旨

⑴ 定期昇給等ができない理由の説明

  ア 法人は、毎年の決算後、組合に対し、資金収支計算書、同内訳表、活動区分資金収支計算書、事業活動収支計算書、同内訳表及び貸借対照表から構成される財務計算に関する書類を交付するなどしている。

そして、財務状況について、法人は、第7回団体交渉において、@基本金組入前の収支差額が赤字になっており、早く手を打たなければならない、A一向に収支が改善しない要因は併設校の生徒数が少ないこと、人件費が高いことであると説明している。さらに、法人は、第8回団体交渉において、積み立てておくべき費用等を考慮すると80億円不足することとなると説明した。また、法人は、第13回団体交渉において、28年度から30年度までの内部留保金の減少額の内訳を説明し、他にも、第3回や第5回の団体交渉において、具体的な数字を挙げて一定の説明を行っていることが認められる。

    確かに、法人は、団体交渉の場ではなく、本件申立て後の当委員会や裁判所の手続において、建物・構築物支出や修繕計画予定、運用資産余裕比率の見通しなどの資料を提出しているが、本件団体交渉においては、組合がこれらに類する資料を要求した事実や、法人がその資料を有するにもかかわらず提出を拒否した事実は認められない。

そして、第10回団体交渉において、組合が、具体的な資金計画の説明を求めると、法人は、努力はすると応じた。また、第12回団体交渉において、組合が、計画があって何年後かに採算が取れるからそれまで我慢してほしいという説明がないと抗議すると、法人は、そのような見通しが今はない、明言できないと応じ、組合が、新しく建物を建設する計画はあるのかと尋ねると、法人は、現時点で計画はないと説明するなど、法人は、組合の質問に対してその時点では提示できる資料がない事情を説明しているといえる。

さらに、第13回団体交渉では、メリット昇給の対象とならない36歳以上が定期昇給する場合の金額を約2,800万円と説明しており、定期昇給を停止してメリット昇給を導入した場合の人件費の削減額を明らかにしている。加えて、法人は、毎年の決算後、財務状況に関する資料を交付していたのであるから、メリット昇給を導入した場合の財政状況を組合が検討できるだけの材料を提供していたと解することができる。

    このように、法人は、定期昇給等ができない財政上の理由について、財務資料や具体的な数字を挙げて一定程度説明しており、資料を提示できないときはその事情を説明していたのであるから、法人の対応は不誠実とまでいうことはできない。

イ 「年間マイナス10億円の赤字があり、10年後にマイナス100億円となって潰れる。」という趣旨の説明については、組合が訂正を求めると、法人は、承知しているが、警鐘として受け止めてほしい、だからといって減価償却分を使ってよいわけではない、減価償却費に相当する金額の支出はないものの、その分を蓄えておかないと将来建替えもできなくなってしまう、今までの団体交渉の経緯をみると、赤字が加速度的に増えており、油断すると10年で100億円の内部留保金がなくなるという意味で用いている、経営状況への警鐘であるなどと、組合からの訂正の要求には応じないものの、組合の主張を承知した上で、法人としての一定の見解を示して、組合の追及に対し、それ相応の説明をしており、法人が正確な数値を隠そうとしていたとまではいえない。

また、「九段校の赤字が約4億円ある。」という趣旨の説明については、組合が訂正を求めると、法人は、四捨五入して概算の数字を示したなどとそれ相応の説明をしており、法人が正確な数値を隠そうとしていたとまでいうことはできない。

さらに、「定期昇給に必要な原資は4,000万円である。」という趣旨の説明については、法人全体で定期昇給を行ったらいくらになるのかという組合の質問に対する回答である。その後、第13回団体交渉で、法人は定期昇給する場合の金額を約2,800万円であると説明しているが、この説明は組合が36歳以上が定期昇給する場合の金額を示すように求めたことに対する回答である。したがって、法人は、それぞれの段階において組合の質問の内容に応じた回答を行ったといえることから、法人が正確な数値を隠そうとしていたとまでいうことはできない。

⑵ 組合の提案への対応

ア 第4回団体交渉において、組合は、定期昇給の実施と賞与の0.1か月分の削減を提案し、理事会で検討するよう伝えた。これを受けて、281125日の理事会において、組合からの提案について報告されたが、採用されなかった。そして、第5回団体交渉において、法人は、組合の提案が理事会で拒否されたことを説明している。さらに、第6回団体交渉では、法人が、経営が厳しいこと、物価が安定していることを説明し、28年度の賞与の削減はせず、定期昇給停止措置は変更するつもりがないという方針を示したことに対し、組合は、状況が変わったら再度理事会で検討してほしいと要求し、法人も了承している。

また、29年度については、6月1日に、法人が、定期昇給は実施せず、賞与は前年度同様とすることを通知し、第7回団体交渉で、一向に収支状況が改善していないことを説明し、翌年度も賞与を削減せず、定期昇給を停止することを示している。これに対し、組合が、もう1回、定期昇給の実施、賞与の減額の方向で再度交渉すべきであると要求すると、法人は、検討して回答すると応じた。そして、第8回団体交渉において、法人は、理事会で話はしているが、去年より年収を下げないために賞与の4か月分は死守したい、結論は変わらないと回答している。

イ 確かに、法人には、第7回団体交渉より前の団体交渉や理事会等において、@理事会で決定したことだから再検討することはない、一事不再理である、A当局はあくまでも一事不再理の原則を貫き、再協議の要求には応じないこととしたい、B経営状況が厳しい中で、組合からの定期昇給実施の要求に従っていたら法人の再建が永遠にできない、組合の言い分を都度、理事会に諮ること自体が無意味なことであるため今後はやめさせる、理事会が組合の意見を了解する必要はないと述べるなどの、組合の要求を軽視するかのような発言が認められる。

ウ そうはいうものの、法人は、組合の要求に応じてその都度、生徒数の減少、経営状況が厳しいことを理由に定期昇給停止を実施すること、また、物価水準が変わらない中で生活水準を維持するために前年度の賃金水準を維持したいことを理由に賞与を削減しないことを説明しており、定期昇給停止及び賞与の現状維持は、それ相応の理由に基づく法人の方針であったことが認められ、理事会の決定が一時不再議であるからということのみが理由であるというわけではない。

そして、本件の審査対象期間において、法人は、組合からの質問や要求について、理事長及び事務局長に一任されているとしつつも、理事会で話はしている、自由討論している、伝えているなどとしており、また、30年度については検討する姿勢をみせていたほか、第13回団体交渉において、理事会で検討した結果の回答を提示するなど、必要に応じて理事会で検討していたことがうかがわれる。

これに対し、組合は、定期昇給は実施すべきである、賞与を削減すべきであるとする同じ主張を繰り返すにとどまっており、新たな具体的な提案を行うのではなく、状況が変わったら再度理事会で検討してほしいと要求している状態である。

したがって、法人は、組合の提案を受け容れることができないとしても、組合の要求に対してその都度一定程度の説明をしており、法人の対応が不誠実であったとまでいうことはできない。

⑶ メリット昇給や特別休暇制度に関する説明

ア メリット昇給について

法人は、当初から一貫して、生徒数の減少、経営状況が厳しいことを理由に定期昇給停止を実施することを説明しているのである。そして、メリット昇給については、第5回団体交渉において、対象者の基準は勤続10年前後の35歳程度が社会通念上該当するのではないか、国税庁が発表する民間給与実態統計調査の会社員の年収平均が400万円台であるところ、35歳になると法人の事務職員は平均500万円程度、教員は600万円超となっていることから、ある程度の生活水準を維持できると考えている、勤務評価は公立学校も実施するなど社会の流れとなっており、高額な授業料を入学者に負担してもらっている私立学校としては、説明責任を果たせるように評価を踏まえた昇給とし、法人の事務職員や大学教員にも導入していると、対象者の基準と評価についての法人の考えを具体的に述べている。その上で、第7回団体交渉において、若年層に配慮すると説明している。そして、第9回団体交渉で、組合が、メリット昇給対象者を35歳以下とする基準の根拠を再度聞きたいと尋ねると、法人は、35歳は一般的なライフサイクルで結婚したり子供ができたりするなど生活パターンが変わってお金が掛かる時期であり、35歳以下は給料水準が低いから、お金が掛かる時期が来る前に給料を上げるものであると改めて回答している。また、第12回団体交渉で、組合が、再度メリット昇給の対象がなぜ35歳以下であるのかと尋ねると、法人は、若年層の給与水準が低いのである程度生活を考慮しないといけない、日本全体でみると35歳前後が結婚して子供ができて生活費が膨らむ、原資が限られる中でどこかで線引きをしなければならないと回答している。

このように、法人がメリット昇給の対象基準や勤務評価を実施することについての一定の考えを説明する一方で、組合は導入に反対して同じ主張、質問を繰り返すにとどまっていることからすれば、メリット昇給の説明に関する法人の対応が不誠実なものであったということはできない。

イ 特別休暇制度について

法人は、教職員や組合に対し、28年3月までには特別昇給制度の廃止と特別休暇制度の新設を説明したが、その後の団体交渉で、組合はこのことを取り上げてはいない。もっとも、30年2月の第9回団体交渉で、組合が特別休暇制度について取り上げると、法人は、28年度から運用を開始しており、意見がないものとして手続を行ったと説明したが、以後の団体交渉で協議に応ずる姿勢をみせた。そして、第11回団体交渉において、法人は、この間の特別昇給廃止の経緯を説明した上で、世間の動向に合わせて特別昇給制度を廃止し、厚生労働省の調査結果と学園の実情を勘案して日数を設定したなどと特別休暇制度の創設の趣旨を説明している。さらに、組合が、法人による制度の「変更」という説明を捉えて、特別昇給に見合わない休暇日数の付与となるのは不利益変更であり、納得できるように協議すべきであるとして日数を再検討するよう要求した。これに対し、法人は、2年前に決まったことが前提である、意見を後から言ってもだめである、金銭に換算して同等の特別休暇日数にしているわけではない、財政状況が厳しいとの説明はずっとしてきたとして、これに応じなかった。また、第12回団体交渉において、組合が、再度、特別昇給を廃止して特別休暇制度にしたことが不利益変更に当たる、金額に見合うようにするためには1年くらいの休暇が必要であると批判すると、法人は、意見聴取はした、両制度の性格が異なるので比較できない、別の制度に振り替えたものであると応じている。そして、第13回団体交渉において、法人が、調べた限りでは永年勤続の表彰のために特別昇給している学校はなかった、ご苦労様という謝意を込めて特別休暇制度を発足させたと説明したが、これに対する組合からの更なる追及はなかった。

このように、法人は、特別休暇制度が既に28年度から運用されている中で、特別昇給制度の廃止と特別休暇制度の新設の経緯と趣旨を繰り返し説明し、再検討しない理由についても説明していることから、組合が求めた特別休暇制度の日数の協議に応ずる姿勢をみせなかったことをもって法人の対応が不誠実ということはできない。

⑷ 結論

以上のとおり、291020日から31年4月19日までの間に行われた団体交渉における法人の対応は、いずれも不誠実な団体交渉に当たらない。

なお、付言するに、28年7月8日のX2の職員会議におけるY2理事長の発言(「]7委員長が会計学を勉強しないからいつまでもメリット昇給の実施ができない。若い先生方はそれでいいのですか。」、「トンチンカンなことを]6委員長が言っている。」等)は、本件定期昇給停止について労使間で交渉している最中に、他の教職員がいる前で、当時の組合委員長の交渉姿勢に対する批判的な見解を表明したものであるから、労使関係上、適切さを欠くものといわざるを得ない。今後の良好な労使関係の構築に向けて、真摯に対応することを期待したい。

 

5 命令交付の経過 

    申立年月日     平成30年6月26

   公益委員会議の合議 令和3年5月25日及び6月1日

   命令書交付日(発送)令和3年7月7日