【別紙】

 

1 当事者の概要

   申立人X1(以下「組合」という。)は、肩書地に事務所を置き、関東地方の各種産業に従事する労働者で組織された労働組合であり、本件申立時の組合員数は70名である。

   申立人X2(以下「分会」といい、以下、組合と分会とを併せて「組合ら」という。)は、主に病院に勤務する看護師で組織された組合の下部組織たる労働組合であり、本件申立時の組合員数は少なくとも2名である。

   被申立人Y1(以下「市」という。)は、肩書地に本庁舎を置く地方公共団体で、Y1病院事業の設置等に関する条例を制定して病院事業(病院のほかにも2つの施設がある。)を行っており、同条例により財務規定等を除く地方公営企業法の規定の全部を病院事業に適用している。

市の病院事業には、地方公営企業法第7条の規定による病院事業管理者が置かれ、同管理者は、同法第9条により病院事業職員の任免、給与、勤務時間その他の勤務条件に関する事務を担任する。

なお、市の病院事業に従事する一般職の職員(以下「病院職員」という。)には、地方公営企業等の労働関係に関する法律が適用されるが、同法において、同法に定めのないものについては、一部の規定を除き、労働組合法及び労働関係調整法の定めるところによるとされている。

   Y2病院(291227日にY3に名称を変更したが、以下、時期にかかわらず「病院」という。)には、申立人分会のほかに病院職員が結成した労働組合として、Z1組合及びZ2組合の2つが存在している。Z1組合は、市長部局にある組合本部(市職員と公営企業職員との混合組合)の支部であり、大多数の病院職員が加入している。

平成29年4月1日時点における病院における看護師、准看護師及び助産師の人数は合計577名、再任用短時間勤務の看護師及び准看護師の人数は病院とほかの1施設を合わせて11名である。

 

2 事件の概要

平成28年4月1日、市が事業を行っている病院は、病院における再任用短時間勤務職員のうち週3日勤務する職員(以下「再短週3日職員」という。)の勤務時間の運用を変更した。すなわち、病院における再短週3日職員は、従前は1か月当たり12日(年144日)勤務(以下「月12日勤務」という。)していたが、この変更によって4週間を単位として12日(年156日)勤務(以下「4週12日勤務」という。)することとなった。

組合らは、上記変更が組合員の勤務条件の不利益変更に当たり組合らとの合意がない限り受け入れることはできないとして、28年度中に再三にわたって上記変更に抗議等をし、病院との団体交渉も複数回行ったが、病院は上記変更を撤回しなかった。

29年度を通じて、さらに30年度に入ってからも、組合らは、病院に対し、上記変更に関連する団体交渉を再三にわたって申し入れたが、病院は、既に説明済みであるなどとして団体交渉に応じなかった。

301121日、病院は、組合らに対し、31年4月1日から再任用短時間勤務職員の週当たりの勤務時間数を見直す案(以下「本件提案」という。)を提案するに当たって、病院内で本件提案を正式決定するまでは組合員以外の病院職員に対してその内容について秘密を保持することについての同意書(以下「本件同意書」という。)の提出を依頼した。

本件は、病院が、組合らに対し、本件提案に当たって本件同意書の提出を求めたことが組合運営に対する支配介入に当たるか否かが争われた事案である。

 

3 主 文 <棄却>

本件申立てを棄却する。

 

4 判断の要旨

平成301121日、病院は、組合らに対し、同月26日付けで本件提案を行うに当たり、本件提案が正式決定されるまでその内容を他言しないことに同意する本件同意書の提出を求めた。

組合らは、このことが組合運営に対する支配介入に当たると主張するので、以下、組合らの主張に沿って検討する。

⑴ 組合らは、病院が本件同意書の提出を求めたことに合理的な理由がないと主張し、その根拠として、㋐本件同意書の提出を求めた際、団体交渉議題を明らかにせず、事務折衝で組合らの質問に答えないなど病院の対応に問題があったこと、㋑これまで病院の提案が口外禁止となったことはなく、それで職場が混乱したこともないことを挙げているので、これらについて検討する。

 ア 本件同意書の提出を求めた際の病院の対応

1121日の事務折衝において、病院は、組合らに対し、本件提案について、病院にある3つの労働組合に対して1126日に提案したいことがある、その内容が病院内で正式決定される前に労働組合員以外の者に漏れると良くないので、本件提案の内容を労働組合の中にとどめておくことについて本件同意書を提出してほしい、本件同意書を提出した労働組合には本件提案について記載された書面を送るとともに交渉して、12月中にこれを正式に決定したいと述べ、本件提案の内容は組合員の勤務条件の変更に関わることであると明かしたほか、組合らと本件提案及び本件同意書についてのやり取りを重ねている。

また、1128日の団体交渉において、病院は、本件提案の内容について、病院の人事の基本方針(以下「本件基本方針」という。)に関係するものである、管理運営事項にも病院職員の勤務条件にも当たる、現在は検討中であり正式決定されるまで情報管理の必要があることから本件同意書の提出を依頼した、本件同意書を求めたのは病院にある3つの労働組合である、本件提案について今後交渉していくに当たって組合らの中に納めておいて、(労働組合に所属しない)病院職員には時期がくるまで口外しないでほしい、このような同意書を求めることは初めてであるが、御理解いただきたいなどと説明し、本件提案の内容が組合らと継続してやり取りしている再任用制度に関係することを明かしている。

さらに、1221日の事務折衝においても、病院は、本件同意書の提出がなければ再任用制度に係るこれまでの議題についての交渉に入れない、同月26日に開催予定の団体交渉においては本件提案を最優先の議題とさせていただきたいと述べるとともに、本件提案を議題とすれば、組合らとこれまで交渉してきた再任用制度についての質問等を受ける意向を示し、本件同意書の提出について、組合らとやり取りを重ねて理解を求めている。

このように、病院は、組合らに対し、団体交渉において本件提案の内容がこれまで組合らとやり取りしてきた再任用制度についてのものであることを明かし、再三にわたって組合らの理解を得るべく説明に努めている。そして、仮に、本件同意書の提出が得られなくても、情報管理の解除後には本件提案と同趣旨の提案を行うと述べており、実際にそのとおりにしていることも考えれば、本件同意書の提出を求めた際の病院の対応に問題があったという組合らの主張を採用することはできない。

イ 本件提案についての情報管理の必要性

組合らは、これまで病院が決定していない案であっても口外禁止の対象になったことはなく、本件提案について本件同意書による情報管理の必要性はなかったと主張する。

確かに、病院が決定していない案について本件同意書のような形で情報管理の依頼をしたことは初めてであることは病院も認めるところである。しかし、これまで病院が情報管理の依頼をしたことがなかったからといって、病院の内部決定前や正式発表前の事案について、秘密保持の必要性がないということはできない。

本件提案は、11月初旬、病院が、市の市長部局と調整して31年度から施行する案として策定したものであり、本件基本方針の一部でもある。本件基本方針は、31年度の「配置替」や「昇任・昇格」など病院の人事に係る重要な方針であり、病院内部の正式決定後、上位職層に限って示した上、病院職員には各所属長を通じてその内容を知らせるなど、周知方法にも配慮がなされていたものであるから、病院が、本件提案について、本件基本方針が31年1月4日に正式に決定されるまで、情報管理に慎重な対応を期したことは十分理解できるところである。そうすると、病院が、本件提案の内容を正式に決定するよりも前に3つの労働組合に対して情報を提供しようとする際、病院内部における情報管理が必要であるとして、3つの労働組合に等しく本件同意書の提出を求めたことが不合理であるとはいえないし、病院がこれまで本件同意書のような形で情報管理を依頼したことがなかったとしても、今回の本件同意書による情報管理が不要であったということはできない。

したがって、本件提案について本件同意書の提出を求めたことに合理的な理由がなかったとする組合らの主張を採用することはできない。

⑵ 組合らは、病院が、組合らの301130日、1213日及び17日の団体交渉申入れに対し、本件同意書の提出を求め、それを団体交渉開催の前提としたことは、組合らとの再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての団体交渉の経過を無視したものであると主張する。

    再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての団体交渉の経過をみると、病院は、29年2月7日、3月15日及び29日の少なくとも3回、同議題に係る団体交渉に応じ、再短週3日職員の勤務時間を月12日勤務から4週12日勤務に変更した考え方とその根拠を説明するとともに、この変更を撤回する意思のないことを示し、さらに書面による回答を行った上で、5月17日、組合らに対し、同議題については団体交渉や書面回答により繰り返し説明しているから、事情の変更が生じない限りこれ以上の交渉の余地はないと回答している。その後も組合らは、再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての団体交渉を継続的に申し入れていたが、病院は、これに応じていない。上記3回の団体交渉において、病院は、再短週3日職員の勤務時間を月12日勤務から4週12日勤務に変更した考え方とその根拠を説明し、組合らとのやり取りも相当程度行った上で、この変更を撤回する意思のないことを示していたのであるから、病院が再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項について事情の変更が生じない限りこれ以上の交渉の余地はないと回答したことは、病院の対応として無理からぬことである。

    301128日の団体交渉において、病院が、本件提案の内容はこれまで組合らと病院とが継続してやり取りしてきた再任用制度に関わるものであると説明したことから、組合らは、1130日、1213日及び17日に、本件提案及び再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての団体交渉を申し入れた。これに対し、病院は、改めて本件同意書の提出に理解を求めるとともに、次回の団体交渉を1226日に行うことを打診した。そして、1221日の事務折衝において、病院は、本件同意書が提出されれば、同月26日に本件提案を最優先の議題として団体交渉を行い、そこで組合らとこれまで交渉してきた再任用制度についての質問等を受ける意向を示したが、組合らは、病院に対し、本件同意書なしで本件提案を行うべきであると述べ、その上で再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項を議題とするよう求めた。結局、組合らは、1225日までに本件同意書を提出せず、病院は26日の団体交渉を延期したため、これらの議題に係る団体交渉は、31年1月7日に病院が組合らに本件提案を行った後の2月4日に開催された。

    こうした事実経過の下で、組合らは、病院が組合らとの間で本件提案に係る団体交渉を行えば、これまで再任用制度の不備を放置してきた病院の責任が明らかになることから、病院は、組合らに本件同意書の提出を求め、それを団体交渉開催の前提とすることにより、組合らを本件提案に係る団体交渉から排除したと主張する。

しかし、上記事実経過については、病院が正式決定前に本件提案を行った上で組合らと団体交渉を行おうとして、本件同意書を提出するように調整していたとみるのが相当である。病院は、本件提案及び再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての組合らの301130日、1213日及び17日の団体交渉申入れに対し、本件提案を最優先の議題として団体交渉を行い、再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての質問等を受ける旨を述べている。再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項については、29年3月29日の団体交渉が決裂したことを踏まえて、5月17日、病院が組合に対し、事情の変更が生じない限りこれ以上の交渉の余地はないと回答しているが、本件提案は再任用制度に関わるものであるから、病院が、本件提案をこの交渉事項に対して「事情の変更」をもたらすものと捉え、交渉を再開するためには先に本件提案を団体交渉の議題とすることが必要であるとの認識を持ったことがうかがえる。この認識の下、病院が、組合らに対し、本件同意書の提出及び本件提案を議題とした団体交渉の開催に向けての調整を行うとともに、本件提案を行った後の団体交渉の中で、再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての組合らの質問等に応じようとしたことには相応の理由があったということができる。

その後、病院は、組合らから本件同意書の提出を受けられず正式決定前に本件提案及びそれを議題とする団体交渉を行うことはできなかったが、それに至るまでの病院の上記対応は、組合らと病院との間で締結されている団体交渉ルールに係る覚書を踏まえた対応であると認められるし、結局のところ、病院は、正式決定後には本件提案を行った上で、31年2月4日に団体交渉に応じたのであるから、病院が組合らを本件提案に係る団体交渉から排除したということはできない。

    また、組合らは、病院に対し、本件同意書なしで本件提案を行うことを求めているが、前記⑴イで判断したとおり、本件提案について本件同意書による情報管理が不要であったとはいえず、また、病院が正式決定前の本件提案に当たって、本件同意書という形で一定の条件を付けることが、組合らに対して応ずることが困難な条件を強いるものであったともいい難い。一方で、組合らに本件同意書を提出することについて何らかの支障があったとも認められない。そして、病院は、3つの労働組合に等しく本件同意書の提出を求めていたのであるから、病院と組合らとの間に再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての団体交渉の経過があったことを考慮しても、病院が組合らに対し、本件同意書なしで本件提案を行うべきであったとまでいうこともできない。

以上のとおりであるから、病院が、組合らの301130日、1213日及び17日の団体交渉申入れに対し、本件同意書の提出を求め、それを団体交渉開催の前提としたことが、再任用短時間勤務職員の勤務時間に係る交渉事項についての団体交渉経過を無視して、組合らを本件提案に係る団体交渉から排除したものであるとする組合らの主張を採用することはできない。

⑶ 組合らは、病院が本件提案及びそれについての団体交渉を行うとき、既にそれが正式決定されているとしたら、そのこと自体が組合らを無視することであるから、病院が本件同意書の提出を求め、それを本件提案に係る団体交渉の前提としたことは支配介入に当たるとも主張する。

    しかし、31年1月7日に組合らに交付された本件提案は、「再任用短時間職員の勤務時間の見直しについて(提案)」と題する書面であり、そこには、再任用短時間勤務職員の勤務時間の運用を4月1日から見直すことが記載されていたのであるから、提案から施行日の4月1日まで約3か月の期間があり、その間に団体交渉を行うことは可能であった。そして、4月1日、病院は、「平成31年度再任用職員の勤務時間等について(通知)」と題する書面により、各職場に通知をしている。

    そうすると、病院が本件同意書で正式決定するまで他言しないよう求めたときの正式決定とは、労働組合及び病院職員に提示する前段階としての病院内部の意思決定にとどまるものであって、病院は、その後、団体交渉等の調整過程を経て、施策として確定し職場に通知(施行)することを予定していたとみるのが相当である。

    実際、病院は、正式決定前に組合らと誠実に協議することを確約するよう求める組合らの申入れに対し、本件提案について、組合らが口外禁止の同意をした後又は病院が情報管理を解除した後であれば、組合らとの合意に向けた団体交渉を行うことにやぶさかではないと回答しており、正式決定を経て情報管理を解除した後でも合意に向けた団体交渉を行うことを説明していた。

    そして、組合らと病院とは、本件提案後の2月4日に団体交渉を行い、病院は、4月1日から年度切り替わりのところで、新たに再短週5日職員の週当たり勤務時間を23時間15分としたい、そこを目指してお願いしたいと述べるなど、4月1日に向けた合意を目指す姿勢で対応していたのであるから、病院が、本件提案の正式決定前の開示に当たり本件同意書の提出を求め、組合らとの交渉前に本件提案を正式決定したことが支配介入に当たるという組合らの主張は、採用することができない。

⑷ 組合らは、病院が唯一、正式決定前に本件提案を行ったZ1組合との間で合意することなく本件提案を正式決定することはあり得ないのであるから、病院はZ1組合との先行妥結をもって本件提案を正式決定したのであり、本件同意書を組合らとの団体交渉開催の前提にしたのは、組合らを団体交渉から排除して、Z1組合との合意による本件提案の決定を正当化するためであると主張する。

    しかし、病院は、2月4日の組合らとの団体交渉の後の同月14日にZ1組合と本件提案についての団体交渉を行った上で、それについて労働協約を締結していると主張しており、病院が、本件提案について、Z1組合との間で1月4日の正式決定前に合意したことを示す事実は認められない。

    そして、病院は、3つの労働組合に等しく本件同意書の提出を求め、組合らに対しても、本件提案を行うに当たって、301121日の事務折衝、同月28日の団体交渉、1221日の事務折衝などを通じて本件同意書の提出について組合らの理解を得るべく説明し、組合らが本件同意書を提出すれば、正式決定前に本件提案に係る団体交渉を行う姿勢を示していたのであるから、病院が、組合らに対し、Z1組合と異なる取扱いをしていたということはできない。

    そうすると、病院が、組合らを差し置いて、Z1組合との合意をもって本件提案を正式決定することを正当化するために、本件同意書を団体交渉の前提条件としたという組合らの主張を認めることはできない。

⑸ まとめ

    以上のとおり、病院が、組合らに対し、本件同意書の提出を求めたことには、相応の理由があったということができる。加えて、病院は、再任用短時間勤務職員の勤務時間についての交渉経過を踏まえて、本件提案を病院内部で正式決定するより前に組合らとの団体交渉の機会を持とうとしていたとみるのが相当であり、そのような対応が、組合らを無視したり、組合らを団体交渉から排除したなどと評価することはできない。

したがって、病院が、組合らに対し、本件提案に当たって本件同意書の提出を求めたことは、組合運営に対する支配介入に当たるということはできない。

5 命令書交付の経過 

⑴ 申立年月日      平成30年3月7日

⑵ 公益委員会議の合議 令和3年10月5日

⑶ 命令書交付日    令和3年12月9日