【別紙】

 

1 当事者の概要

    被申立人Y1(以下、「法人」という。)は、児童福祉、高齢者福祉、障害者福祉、病院事業等を行う社会福祉法人であり、肩書地に本部を置き、東京都中野区、清瀬市及び栃木県那須郡において養護老人ホームなどの施設を運営している。2年10月1日現在の常勤専従職員は約450名、非常勤・その他の職員数は約240名である。

    申立人X1(以下、「組合」という。)は、平成13年に結成されたいわゆる合同労組であり、令和2年10月1日現在における組合員数は約300名である。法人の従業員で組合に加入しているのはX2のみである。

 

2 事件の概要

平成22年4月1日、X2は、法人に採用され、生活相談員として法人の運営する養護老人ホームで勤務していた。23年8月25日、X2は法人から退職を勧奨されたが、これを拒否した。法人は、9月21日にX2をけん責処分とし、10月1日付けで支援員に配転した。

1024日、X2は、組合に加入し、組合と法人とは、X2のけん責処分等について団体交渉を重ねたが、施設長の出席をめぐりこう着状態となり、法人は、24年4月16日、これを打開するためとして、X2のけん責処分を撤回して、その後の団体交渉の開催は不要である旨回答した。

5月8日、組合はX2の配転等について団体交渉を申し入れたが、法人は、配転は懲戒処分との関連を有していないとして応じなかった。

24年6月1日、法人は、X2を即日解雇した。

9月4日、X2は、2310月1日付けの配転及び24年6月1日付けの解雇が無効であると主張して、X2の生活相談員としての地位確認等を求めて東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)に提訴した。26年2月12日、東京地裁は、解雇は無効で配転は有効との判決を下し、X2及び法人はこの判決を不服として控訴したが、1014日、東京高等裁判所は、これらを棄却した。

12月1日、X2は支援員として職場に復帰し、組合は、X2の生活相談員への異動を求めて団体交渉を申し入れた。組合と法人とは、団体交渉を重ねたが、29年4月4日、法人は、議論が尽くされたとして団体交渉を打ち切った。

3月1日、法人は、同養護老人ホームのY5生活相談員の退職に伴い、同施設で支援員として勤務していたY2を配転した。7月1日、法人は、同養護老人ホームのY6生活相談員の退職に伴い、法人が運営する特別養護老人ホームで生活相談員として勤務していたY3を配転した。

4月18日、組合は、X2を生活相談員に戻すことなど3点を求めて本件不当労働行為救済申立てを行った。その後、追加申立てなどがなされ、30年7月26日、当委員会は、本件のうちX2の配転に係る申立てについてのみ分離し先行して審査することとした。

本件(分離事件)は、法人が、29年3月1日に非組合員であるY2を生活相談員に配転してX2を配転しなかったこと、また、同年7月1日に非組合員であるY3を生活相談員に配転してX2を配転しなかったことが、X2が組合員であること又は正当な組合活動を行ったことを理由とする不利益取扱いに当たるか否かが争われた事案である。

 

3 主 文

  本件申立てを棄却する。

 

4 判断の要旨

   29年3月1日に非組合員であるY2を生活相談員に配転してX2を配転しなかったことが、X2が組合員であること又は正当な組合活動を行ったことを理由とする不利益取扱いに当たるか

ア X2を生活相談員に配転しなかったことの不利益性について

X2が支援員として支給されている給料と仮に生活相談員となった場合の給料とを比較すると、それぞれ基本給の額は変わらないが、職務手当が生活相談員になった場合は支援員と比較して月額で4,000円、年額で48,000円多く支給される。X2を生活相談員に配転しないことによりX2には少なくとも経済的な不利益が生じるといい得ることから、X2を生活相談員に配転しなかったことについて不利益性があったと認められる。

  イ 法人がX2を生活相談員に配転しなかったことについて

      () X2は、22年4月1日に法人に採用されて2か月間支援員の業務に従事した後、法人が東京都清瀬市で運営する養護老人ホームである●●ホームで生活相談員として勤務していたが、同僚に「表に出ろ。」とけんか口調で発言したり、X2と一緒に仕事ができないとして配転を希望したり、退職する職員が出たりしたことなどから、23年9月21日、上司や先輩職員等への言動及び態度に協調性を欠き、職場のチームワークに支障が出ていることを理由としてけん責処分となった。そして、2310月1日には生活相談員から支援員へ配転となり、24年6月1日に解雇された。X2は配転や解雇の有効性を争って東京地裁に雇用関係存在確認等請求訴訟を提起したが、X2の配転について、控訴審の東京高裁は、X2の言動により法人がX2を生活相談員として配置し続けることに著しい支障があったと判断したとしても不合理とはいえないこと及びX2は利用者の意思や人格の尊重に係る自己評価が低迷し、利用者への関心を高めることが課題として設定されておりX2を支援員にすることは同人の能力・資質の向上に資するものであったことなどを認め、23年9月時点でX2を生活相談員から支援員に配置転換する業務上の必要性があり配転は有効であったと判断した。これらの事情からすれば、法人が2310月1日にX2を生活相談員から支援員に配転したのは、同人の職員に対する言動や利用者に対する対応が理由であったと認められる。

        そして、上記のとおり、東京高裁の判決において、法人が2310月1日にX2を生活相談員から支援員に配転したことが有効であると判断されたことを受けて、法人は、2612月1日に、X2を生活相談員ではなく●●ホームの支援員として職場に復帰させたところ、この経緯から、同人の支援員としての職場復帰が、生活相談員に戻すことを前提にしたものであったということはできない。そうすると、X2を生活相談員から支援員に配転した理由である、同人の職員に対する言動や利用者に対する対応について、改善がみられたと法人が認めるような事情がない限り、法人が同人を生活相談員に配転しなかったとしても、それが特段不自然な判断であるということはできない。 

 () 組合は継続的に法人に対してX2を生活相談員に戻すように求めていたが、法人は、28年3月17日に実施された団体交渉において、「相談員に要求される資質というものは簡単ではないんですね。」、「利用者もご家族の方も大変な思いを持って来ているので、相談できるような資質といいますかね。やはり、まだちょっと怖いという印象が。」、「もし周りにあったり、利用者の方たちからも不安が多い場合はですね」、「もうちょっと具体的な違う方法でのアドバイスをしていかなければいけないのかなと思います。」、「そして、自分の判断が必ずしも正しいということにはならないこともあるので、施設長や先輩とコミュニケーションを取りながら、1日も早く相談員に戻れるように努力していただきたいなとは思っております。」、「今、一生懸命働いてらっしゃるのは、よく分かります。ですけども、もうちょっとやっぱり時間が必要かなと私の方はいろいろ伺ってます。」、X2は支援員として「非常にまじめにやっていていただいて、利用者さんにもよい関わりもしております。」、「X2さんの性格的なことで、非常に真面目なんだけど、こだわりが強い部分があったり、まじめすぎる部分があって」、「何かちょっと事が起こった場合に、ちょっと落ち着いた行動が、ご自分ではとっているつもりなんだけど、周りの人から見ると、ちょっと大きな声になって、その辺で不安を与えちゃってる部分とか、そういうのがあるかなと。」と述べており、法人は、X2の支援員としての働きは評価しているものの、生活相談員としての業務を行う上で重要な、他の職員や施設の利用者及びその家族とのコミュニケーションの部分でX2の対応に依然として不安を感じていたことがうかがわれる。

そうすると、X2が支援員として職場に復帰した後の28年3月17日の団体交渉の時点でも、法人は同人の職員に対する言動や利用者に対する対応等に不安を感じていたのであるから、法人がY5の後任を検討する時点においても、法人のX2に対する認識は同様であったと考えるのが自然であり、そのために法人がX2を生活相談員に配転しなかったとしても、それが不自然であったとまでいうことはできない。

() 他方、Y5の後任として法人が指名したY2は、社会福祉主事任用資格等の資格を取得しており、●●ホームの支援員として18年間勤務していたことから、生活相談員として必要な資格を有しており、支援員としての経験も十分であったといえる。他に、Y2が生活相談員として不適任であったと認めるに足りる事実の疎明がなされているとはいえず、法人が、Y2が適任であると判断して同人を生活相談員に配転したとしても、その判断が不合理であったということはできない。 

Y2は生活相談員になることを希望していなかったが、法人では就業規則上、業務上必要な場合には職員に対して就業場所や業務内容の変更を命じることができるとされ、職員の希望は配転の要件とはなっていないことから、法人が特に希望していないY2を適任だと判断し生活相談員に配転したとしても、それは法人の判断として特に問題があるものとはいえない。

また、Y2は社会福祉士の資格は有していないが、その資格は生活相談員になるために必要な資格の一つであるものの、必須の要件ではない。Y2は、生活相談員になるために必要な資格の一つである社会福祉主事任用資格を取得しているのであるから、法人が社会福祉士の資格を取得していない同人を生活相談員にしたことは、何ら不合理ではない。

() 組合は、X3支部長とY4事務長との事務折衝の際に、Y4事務長が、X2の仕事ぶりを評価する一方、組合が来なければ生活相談員になれる旨を断言しているのだから、法人はX2が組合員であるが故に生活相談員に配転しなかったことは明らかであると主張する。

この点について、X3支部長とY4事務長とが27年1月から9月にかけて事務折衝をした中で、Y4事務長は、X2について、「今のお仕事をやっていただいている状況については全く問題ないですね。」、「ご本人はちゃんと職場復帰されて一生懸命やられている。」などと述べて支援員としてのX2の勤務態度を評価する一方で、「復帰されてから間もないんで、今すぐ、その、じゃ、相談員さんとしての評価どうのとか、そういう話には正直言って、なりません。」、「ただ、やっぱりもうちょっと様子見ないわけにはいかないというのがやっぱり現場としても正直な意見だし、ま、本部としてもそうですね。」などと述べてX2の生活相談員への配転の判断はもう少し様子を見る必要があるとしており、9月7日の会話の際に、「邪魔してるの、ユニオンですよね。」、「だってご本人と良好な関係ですよ、今。X3さんが何も言わなければ、とっても良好なんです。」、「(X3支部長が)あと2年ぐらい来なかったら戻っているでしょう、きっと。」などと述べて、X2を生活相談員に早く戻すようにというX3支部長の要求を拒否している。

X3支部長とY4事務長の会話は、2612月にX2が支援員として職場に復帰した直後の27年1月、2月、4月及び9月にされていることから、この時点で、Y4事務長が、X2を生活相談員にするか判断するにはもう少し様子を見る必要があると説明したのはもっともなことである。それにもかかわらず、9月の会話の際にも、X3支部長がX2を早く生活相談員に戻すように求めたため、Y4事務長の、ユニオンが邪魔している等の発言に至ったと捉えることができる。Y4事務長のこの発言自体は問題であり、組合嫌悪の意思もうかがわれるといわざるを得ないが、両者の話の流れをみれば、Y4事務長の発言の趣旨は、法人としてもう少しX2の様子を見る必要があるため、組合に対し早急な配転の要求を控えるよう求めることにあり、組合が来なければX2が生活相談員になれる旨を断言したものとはいえないし、この発言をもって、X2が組合員であるが故に法人が同人を生活相談員にしなかったということもできない。

() また、組合と法人とは、X2の本件配転や解雇に関して、組合が抗議活動や不当労働行為救済申立てをしたりするなど対立した時期があり、X2が支援員として復職した後も組合はX2の生活相談員への復帰を求めて法人と意見が対立するなど、労使関係が緊張関係にあったと認められるが、そのことから直ちに、法人が、X2が組合員であることや同人の組合活動を理由として同人を生活相談員にしなかったとまで認めることはできない。

() 以上のとおり、X2の支援員としての職場復帰は、同人を生活相談員に戻すことを前提にしたものとはいえず、法人が、X2を生活相談員にするには、他の職員や利用者及びその家族に対する同人の対応に不安を感じており、そのために同人を生活相談員に配転しなかったとしてもそれは法人の判断として不自然とはいえないこと、Y5の後任として生活相談員になったY2は生活相談員に必要な資格及び経験を有しており、法人がY2を生活相談員にした判断に不合理な点は見受けられないこと、他に法人が、X2が組合員であることや組合活動をしたことを理由として生活相談員にしなかったと認めるに足りる疎明もないことを考慮すると、Y4事務長の発言に組合嫌悪の意思がうかがわれることや労使関係が緊張関係にあったことを考慮しても、法人が29年3月1日にX2を配転しなかったことは、X2が組合員であること又は正当な組合活動を行ったことを理由とするものとまでは認められない。

ウ 結論

よって、法人が29年3月1日に非組合員であるY2を生活相談員に配転してX2を配転しなかったことは、X2が組合員であること又は正当な組合活動を行ったことを理由とする不利益取扱いに当たらない。

   法人が、29年7月1日に、生活相談員に非組合員であるY3を配転してX2を配転しなかったことが、X2が組合員であること又は正当な組合活動を行ったことを理由とする不利益取扱いに当たるか否か

ア Y3は、23年3月から法人が運営する特別養護老人ホームである▲▲ホームで介護支援専門員として勤務し、27年4月からは生活相談員として勤務しており、法人で就労する以前にも介護職員や生活相談員としての勤務を経験しており、支援員と生活相談員の両方について豊富な経験を有していた。また、Y3は、生活相談員になるために必要な資格の一つである介護支援専門員の資格を取得していた。

また、Y6が退職の意向を示したことを受け、Y7施設長は後任として女性の職員を希望することを本部に伝えており、その結果、女性の職員であるY3が▲▲ホームの生活相談員から●●ホームの生活相談員として異動した。当時、●●ホームでは、利用者の6割が女性であったが、生活相談員3名は全て男性で女性がいない状況にあった。生活相談員は、利用者の生活相談や援助等の業務を行うことからも、法人が、女性の利用者やその家族が女性の生活相談員に相談したいというニーズがあると考え、生活相談員に女性職員を配置したことには相応の理由があるところであり、法人がY3を▲▲ホームから異動させて●●ホームの生活相談員としたとしても何ら不合理であるとはいえない。

イ 他方、X2については、前記⑴イ()のとおり、法人のX2の言動や対応に関する不安は依然として解消されていなかったといえ、女性職員でありかつ支援員及び生活相談員としての豊富な経験も有しているY3よりもX2の方がY6の後任として適任であったとまでは認め難い。

ウ そうすると、前記⑴イ()のとおり組合と法人との労使関係が緊張関係にあったことなどを考慮しても、Y6の後任として女性職員であるY3を充てるとした法人の判断が不合理とはいえないこと、Y6の後任としてX2よりもY3の方が適任であるとした法人の判断も不自然とはいえないこと、他に法人が、X2が組合員であることや組合活動をしたことを理由として生活相談員にしなかったと認めるに足りる疎明もないことから、法人が、29年7月1日に、非組合員であるY3を生活相談員に配転してX2を配転しなかったことは、X2が組合員であること又は正当な組合活動を行ったことを理由とするものとまでは認められず、不利益取扱いに当たらない。

  

5 命令書交付の経過 

 ⑴ 申立年月日     平成29年4月18

 ⑵ 公益委員会議の合議 令和3年2月16

 ⑶ 命令書交付日(発送)令和3年3月25日(令和3年3月23日)