【別紙】

 

1 当事者の概要

⑴ 申立人X1(以下「組合」という。)は、平成1310月1日に結成され、都内及び周辺地域で働く労働者によって構成された、いわゆる合同労組であり、本件申立時の組合員数は約1,000名である。組合のX3(以下「分会」といい、組合と併せて「組合」ということもある。)は、26年9月5日に法人の非常勤職員を中心に結成され、30年4月1日現在の分会員は少なくとも3名である。

⑵ 被申立人Y1(以下「法人」という。)は、2010月から肩書地において、知的障害者のうち、一般企業等への就労に結び付かない者や、一定年齢に達している者などに対し、働く場を提供するとともに、生産活動等の機会の提供、就労に必要な知識及び能力向上のために必要な訓練、その他必要な支援を行うY2作業所(障害者総合支援法に基づく就労継続支援B型事業所)を運営している。30年4月1日現在の職員数は15名である。

 

2 事件の概要

平成29年3月28日から4月にかけて、法人は、財政上の理由から役職手当を1年間支給停止することについて、支給対象者全員に対して同意を求めることとした。しかし、分会書記長X2のみは、同意しなかった。その後、法人は、X2に対し、4月分給与から役職手当5,000円を支給しなくなった。組合と法人とは、1127日、1220日及び30年3月19日にX2の役職手当不支給について団体交渉を行ったが合意に至らなかった。

本件は、@法人が、29年4月分給与以降、X2に対し、役職手当5,000円を支給していないことが、同人が組合員であることを理由とした不利益な取扱いに当たるか(争点1)、AX2の役職手当不支給に係る291127日、1220日及び30年3月19日の団体交渉における法人の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否又は不誠実な団体交渉に当たるか(争点2)が争われた事案である。

 

3 主 文 <一部救済命令>

⑴ 法人は、X2に対し、平成29年4月分以降の月額5,000円の役職手当不支給をなかったものとして取り扱い、同月分以降の役職手当等を支払わなければならない。

⑵ 文書交付

要旨:役職手当を支給しなかったこと、291127日及び1220日に行った団体交渉における対応が不当労働行為であると認定されたこと、今後、繰り返さないよう留意すること。

⑶ 履行報告

 

4 判断の要旨

⑴ 法人が、29年4月分給与以降、X2に対し、役職手当5,000円を支給していないことが、同人が組合員であることを理由とした不利益な取扱いに当たるか(争点1)

ア 本件役職手当不支給の理由

法人は、本件役職手当の不支給は、X2に対する人事権の行使としての降職であり、降職の理由については、@Y3が戻ってきており主任代行は不要であったこと、AX2は、主任代行となった23年4月以降、施設利用者に対する暴力行為、職員に対するパワーハラスメント等を行ったこと、Bけん責処分を受けたことを挙げているので、以下、これらを検討する。

() 主任代行は不要との理由について

23年4月1日、法人は、X2をY3の不在時の代行として任命し、役職手当5,000円を支給し始め、24年4月1日、X2を主任の基本給等級である3級に昇格させた。

25年9月1日、Y3は出向先から法人に戻ったが、同年12月にX2が病気休職から復職したときに従来どおり役職手当が支給され、29年3月まで3年4か月間にわたり、支給され続けてきた。

そうすると、既に主任の基本給等級である3級に昇格し、Y3が出向先から戻った後も長期間にわたり役職手当が支給されてきたX2に対し、法人が、突然、主任代行は不要だとして役職手当を不支給としたのは不自然であり、なぜこの時期にそのような判断がされたのか疑問である。

() 施設利用者に対する暴力行為等の理由について

23年4月から2410月にかけて、X2が施設利用者に対して行った対応の中には、法人が暴力行為等であると懸念するものが含まれていたと法人は主張しているが、いずれも23年から24年のことであり、当時、法人は指導、処分等を行っていなかったにもかかわらず、29年4月になって降職理由として持ち出すことには疑問がある。

また、法人はX2が主任代行となってから職員に対してパワーハラスメント等を行ったとも主張するが、そのうち具体的な行為と時期が特定できるものは、25年1月17日の雪事件のみである。これについて法人は、26年3月から6月にかけて、その経緯と問題点について確認するためにX2と5回面談を行っており、8月の理事会で処分を行う方針を決定したものの、その後、処分は行っていない。それにもかかわらず、29年4月にもなってX2を降職する理由として取り上げるのには疑問がある。

() けん責処分を受けたとの理由について

けん責処分が法人の就業規則の中で最も軽い懲戒処分であること、主任代行の業務とは必ずしも関係のないことでの懲戒処分であることからも降職理由とするにはやや疑問がある。

() 小括

 以上のとおり、法人の挙げる本件役職手当不支給の理由は、いずれも降職の理由として不自然であり、特に、なぜ29年4月になって降職を行ったのかについて疑問がある。

イ 本件役職手当不支給の経緯

() 法人は、29年3月28日、常勤職員5名に対し、超過勤務手当の固定支給の廃止及び役職手当の1年間支給停止に同意を求めるお願いの書面に署名捺印を求め、X2以外の全ての常勤職員はこれに応じた。

() なお、法人は、X2に対し、3月28日にお願いの書面によって協力を求めた後、引き続いて次の話題として、主任代行は不要となっており役職手当を不支給とすることを事前に伝えたと主張する。

しかし、法人が、X2に対し、役職手当不支給やその理由を事前に説明したことを認めるに足りる具体的な疎明はない。そもそも、法人が、X2に対し、主任代行が不要となっているとの理由で役職手当を不支給とする方針ならば、役職手当1年間支給停止に協力を求める必要はないと考えられ、お願いの書面への協力を求めた後に役職手当不支給を伝えたという法人の主張は不自然であり採用することができない。

() 4月4日、法人は、X2に対し、同人以外の常勤職員全員の署名捺印の済んだお願いの書面を示しながらその趣旨を説明し、同人に署名捺印するように求めた。しかし、X2は、@超過勤務手当の固定支給廃止については、2年前までの勤務時間である9時から17時までに戻すべきこと、A役職手当の1年間支給停止については、法人が施設利用者の出勤率を向上させる(ことで収入を増やす)のが先であること、と述べて署名捺印を拒否した。その後、29年4月分給与において、法人は、お願いの書面に署名捺印した常勤職員に対し、役職手当の1年間支給停止を実施せず、役職手当を従前どおり支給する一方、X2に対する役職手当の支給をやめることとした。

() このように、役職手当の支給停止に応じて署名捺印した常勤職員には、これを実施せず支給し続ける一方、署名捺印に応じなかったX2に対しては、役職手当の支給をやめるという法人の対応は不自然である。

X2は、労働条件の改善や法人の経営努力が必要であるなどと述べて署名捺印を拒否したのであるから、法人が、同人の署名捺印拒否を、組合の要求を掲げて法人の依頼に応じなかったものと認識したことが推認されるところであり、そのことが上記のような不自然な対応の動機ではないかと強く疑われる。

ウ 組合に対する法人の説明

 法人は、X2が29年4月分の給与支給明細を受け取っていながら役職手当不支給について特段の対応を執らなかったことから、同人に対して事前に降職と役職手当不支給が通知されていたことは明らかであるとも主張する。

しかし、組合が5月10日に「役職手当の廃止」について、「いつからいつまでの実施予定か」等を法人に文書で質問したのは、X2の4月分給与で役職手当が不支給とされた理由が分からなかったから問い合わせたものと考えられる。これに対して、法人は、5月16日に「H29年4月以降も賃金規程に則って支給しています。」と回答し、X2に対してお願いの書面とは別に役職手当を不支給としたことを説明しなかった。そして、組合は、5月29日に法人の回答を確認し受け入れる旨を表明した。この一連の流れをみれば、組合がX2の役職手当はいずれ従前どおり支払われるものと誤信したことがうかがえ、法人の回答には疑問を感じざるを得ない。その後、1031日に、X2が、法人に対し、役職手当の不支給を精算するように依頼するまで、同人及び組合が特段の対応を執らなかったからといって、降職と役職手当の不支給が通知されていたとみることはできない。

  エ 労使関係の推移

() 組合と法人は、26年9月5日のX2、X4らの組合加入・分会結成以降、X4及びX5の解雇ないし雇止めを巡って民事訴訟及び不当労働行為救済手続で争うなど対立していたが、本件役職手当が不支給となった29年4月までには高裁和解、当委員会和解及び中労委和解によって、分会結成当時からの紛争の多くが終息していた。しかし、X5の復職が決まった直後の29年1月中旬から25日にかけて、施設利用者によって分会組合員らへの否定的評価が記載された貼紙が法人施設内に掲示され、その対応を巡って、組合と法人は、再び対立した。

そして、4月11日、X5が復職するに当たって、同人が、施設利用者の家族会に対し、挨拶を行った時に家族会の一部から同人の復職に否定的な声があり、6月19日、組合はこの時の法人の対応に抗議した。

これらのことに加え、前件申立ての一部は、8月24日に和解が成立するまで当委員会に係属中であったことを踏まえると、組合と法人との関係は、本件役職手当不支給直前の時期においても緊張状態が続いていたといえる。

() X2については、組合加入・分会結成のきっかけとなった一人であり、分会結成以来、分会書記長の地位にあり、分会唯一の常勤職員でもある。25年1月17日には雪事件が発生し、法人は2回の面談において、これがX2からY4に対するパワーハラスメントに該当すると指摘し、X2は、これがきっかけとなって2511月末まで病気休職した。そして、法人は、X2が2512月に復職してから本件結審時まで一貫して、同人に対して直接支援業務を命じていない。このことについて、組合は、28年3月1日には法人がX2を直接支援業務から外していることを不当労働行為として前件申立てに追加して争うなどしており、同人は、組合と法人との紛争の中心人物の一人であった。

オ 結論

以上のとおり、法人の挙げる降職の理由は、いずれも不自然であり、X2への事前の説明がないなど、手続の面でも不自然な対応がみられるのであって、本件役職手当の不支給が降職を理由とするものであるか否か自体が疑問であるといわざるを得ない。

そして、超過勤務手当の固定支給の廃止及び役職手当の支給停止に同意するお願いの書面への署名捺印について、X2以外の常勤職員は応じたが、同人のみが応じなかったところ、法人は、署名捺印した常勤職員には、役職手当の支給停止を実施せず、署名捺印に応じなかった同人に対しては、役職手当の支給をやめたという経緯がある。          

これらに加え、当時、緊迫した労使関係が継続していたことや、X2が紛争の中心人物の一人であった等の事情も総合考慮すると、本件役職手当の不支給は、分会書記長である同人が、労働条件の改善や法人の経営努力が必要であるなどと組合の立場からの要求を掲げてお願いの書面への署名捺印を拒否したことを法人が嫌悪してなされたものといわざるを得ない。

したがって、法人が、X2に対し、本件役職手当を不支給としたことは、同人が組合員であることを理由とした不利益取扱いに当たる。

⑵ X2の役職手当不支給に係る291127日、1220日及び30年3月19日の団体交渉における法人の対応は正当な理由のない団体交渉拒否又は不誠実な団体交渉に当たるか(争点2)

ア 291127日の団体交渉

1127日の団体交渉において、法人は、X2の役職手当を不支給とした理由について、Y3が出向先から戻った時に、役職手当の支給をやめるべきであったが、それを忘れていた、29年4月から支給しないとX2に口頭で説明しているなどと述べた。

しかし、前記⑴イ()で判断したとおり、法人がX2に役職手当の不支給やその理由を事前に説明したとは認められず、また、同ウで判断したとおり、組合が役職手当の不支給について文書で質問した際、法人は、上記のような説明をせずに、「H29年4月以降も賃金規程に則って支給しています。」と回答している。その結果として、組合は、X2の役職手当はいずれ従前どおり支払われるものと誤信したことがうかがわれるのであるから、1127日の団体交渉における法人の上記説明について、従来の説明を変遷させたものと組合が受け止めたとしても無理からぬことである。

また、1127日の団体交渉において、組合は、Y3が出向先から戻ってきてからも役職手当はしばらく支払われていたのに、主任代行(副主任)が就業規則に書かれていないからカットするという論理はおかしいと指摘したが、法人は、X2の主任代行(副主任)は外すということです、と結論を述べるだけであり、組合の理解を得るような説明に努めたとはいえない。

イ 1220日の団体交渉

1220日の団体交渉においても、法人は、X2の役職手当を不支給とした理由について、Y3が出向先から戻ってきたことでX2の主任代行(副主任)の役職の根拠はなくなっている、今年4月に役職から外すという判断をしたので役職手当を支給する根拠がないと説明した。これに対し、組合は、Y3が出向先から戻ってきたのは25年頃であり、なぜそのときに辞令を出して、役職を外さなかったのかと質問したが、法人は、そのままにしておいた、直ちに終えてもよかったが、そのままにしておいた、などと述べただけであった。このような説明では、Y3が25年9月に戻ってきてからも3年4か月間にわたってX2に役職手当の支給を継続してきた経緯や、それを29年4月になって不支給とした理由の説明として、十分であるとは到底いえない。

加えて、前記のとおり、法人がX2に役職手当の不支給やその理由を事前に説明したとは認められないにもかかわらず、組合が、辞令も出さずに役職手当を不支給とするのはおかしいと指摘すると、法人は、X2には役職を外れていただくことをお知らせしている、同人に役職を外すことを言ってあるなどと述べ、それ以上交渉を進めようとはしなかった。

ウ 以上のとおり、1127日及び1220日の団体交渉における法人の対応からは、交渉によって問題を解決しようとして臨んでいたとみることはできず、法人が、X2に対して29年3月まで役職手当の支給を継続した経緯や、それを不支給とした理由などについて、組合の理解と納得を得るべく誠実に団体交渉を行ったということはできない。

エ 30年3月19日の団体交渉

30年3月19日の団体交渉において、X2の役職手当の問題について、組合が、これまでの法人の回答が変わらないか確認したところ、法人は、2月16日に当委員会に本件申立てがなされたことを踏まえて、当委員会で解決を図っていきたいと述べた。さらに組合が、できれば団体交渉で解決していきたいと述べたのに対し、法人は、当委員会で解決したい、X2に対して役職手当を支払わないという自らの回答は変わっていないと述べるやり取りがあった。

このように、法人は、団体交渉の中で、組合がこれまでの回答が変わらないか確認したことに対し、X2に対する役職手当の問題については、当委員会において解決したいとの意向を示しただけであるし、同人への役職手当は支払わないという自らの回答が変わらない旨も回答しているのであるから、法人が同人の役職手当の問題について、団体交渉で取り上げることを拒否したとまでみることはできない。そして、このやり取りは団体交渉の冒頭30秒ほどのやり取りにすぎないことも考慮すると、こうしたやり取りをもって、法人の対応が、正当な理由のない団体交渉拒否であるとか、不誠実な団体交渉であるとか評価することはできない。

オ 結論

以上のとおり、X2の役職手当不支給を議題とする、291127日及び1220日の団体交渉における法人の対応は、不誠実な団体交渉に当たるが、30年3月19日の団体交渉における法人の対応は、正当な理由のない団体交渉拒否及び不誠実な団体交渉のいずれにも当たらない。

 

5 命令書交付の経過 

  申立年月日      平成30年2月16

  公益委員会議の合議 令和元年11月5日

  命令書交付日    令和2年1月8日