【別紙】

 

1 当事者の概要

    申立人X1(以下「組合」という。)は、主として中小企業で働く労働者が企業の枠を超えて結成している労働組合であり、本件申立時の組合員数は1,075名である。

    申立人X2(以下「支部」という。なお、以下において、組合と支部とを併せて「組合ら」ということもある。)は、会社の従業員が結成した組合の下部組織たる労働組合であり、本件申立時の組合員数は16名である。

    被申立人Y1(以下「会社」という。)は、肩書地に本社を置き、平成6年2月8日に設立され、医療機器の製造販売、販売、貸与、保守、点検修理等を事業内容としている。30年1月1日現在の従業員数は31名である。なお、会社の代表取締役は、本件審査手続中の3011月1日付けで、Y2からY3に変更となった。

 

2 事件の概要

平成29年5月10日、会社の従業員らは、組合に加入するとともに、支部を結成した。

5月11日、支部執行委員長のX3外3名は、会社に対し、組合加入と支部結成を通知するため、当時、会社の代表取締役であったY2と面談した。その際、Y2は、上記4名に対し、「個人的な意見を伝えると残念だな。」、「この規模の会社で(労働組合が)できてしまうことが残念。」などと述べたり、支部の副執行委員長のX4及び同書記長のX5に対し、両名が29年2月まで課長の役職にあったことを踏まえて「その二人が会社側でなく労働者側に付くと会社潰れるよ。」などと発言した(以下、5月11日のY2の一連の発言を「本件発言」ということがある。)。

5月22日、組合らは、会社に対し、29年度(会社においては、11月1日から翌年1031日までを一事業年度としているので、29年度は、2811月1日から291031日までである。以下、年度表記の場合は会社の事業年度を表す。)における定期昇給を一律2,000円とすること及び夏季賞与を前年度と同月数支給することを要求した。これに対して、会社は、29年度における定期昇給は一律1,000円(以下「定期昇給一律1,000円」という。)とすること、夏季賞与は前年度と同じ支給月数から一律20パーセント減額(以下「夏季賞与一律20パーセント減額」という。)とすることを回答した(以下、定期昇給一律1,000円及び夏季賞与一律20パーセント減額を併せて「本件回答」という。)。組合らと会社とは、上記要求事項を議題として、29年6月13日、20日、29日、7月5日、12日及び21日の計6回団体交渉(以下、6回の団体交渉を併せて「本件団体交渉」という。)を行った。

本件は、@本件発言は、組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点1)、A本件団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点2)が争われた事案である。

 

3 主 文 <一部救済命令>

⑴ 会社は、平成29年度における夏季賞与減額以外の経費の削減策について、組合らが団体交渉を申し入れたときは、誠実に応じなければならない。

⑵ 文書交付

要旨:会社が、組合らに対し、29年7月21日の第6回団体交渉において、夏季賞与減額以外の経費の削減策について説明しなかったことが不当労働行為であると認定されたこと、今後繰り返さないよう留意すること。

⑶ 履行報告

 

4 判断の要旨

   本件発言は、組合の運営に対する支配介入に当たるか否か(争点1)

ア 本件発言のうち「(労働組合が)できてしまうことが残念。」という発言だけをみれば、Y2が組合嫌悪の感情を抱いていたものと捉えられかねないが、Y2は、「個人的な意見」と断った上で「残念だな。」と発言するとともに、「(こうなる)前に私の思いを理解していただけなかったこと。」と発言した直後に「(労働組合が)できてしまうことが残念。」と発言しており、支部結成だけではなく、従業員に自らの思いを理解してもらえなかったことに対して残念と発言しているようにも受け取ることができる。

その後の一連の発言の全体の趣旨を踏まえると、Y2が「残念」と表現したことは、支部が結成されたことを指す面も含んでいるにせよ、むしろその重心は支部結成にまで至った従業員の不満をY2自身が酌み取れなかったことにあるとみることができる。

イ Y2は、X4及びX5に対し、「X4、X5幹部職になっていかなくてはいけない。」、「二人が労働組合やるとなると話が別。本来会社を経営していかなくてはならない立場の人がそうなると大変になる。」、「その二人が会社側でなく労働者側に付くと会社潰れるよ。」と発言している。これらの発言は、支部結成に加わった二人を非難し、翻意を促すものと受け取られかねない面がある。

しかし、これらの発言後、Y2は、「会社の状況がともあれ君たちの生活保障となると話が変わってくる。」、「言いたいのは労働組合とかやってる場合ではない。ボーナス出せる状況ではないが昨年同様出すように掛け合っている。社員との距離が離れている中で、出せと言われても厳しい状況を分かってもらえる人がどのくらいいますか。」と発言しており、会社の経営が厳しい状況にある中で自らと従業員との間の心理的な隔たりに危機感を示している。さらに、Y2は、「会社を良くしようとしているのが裏目に出て自分自身が情けない。ここまで来るのに労力をかけさせて情けない。コミュニケーションができてなかったことが反省」と発言することで、従業員に対する自らのコミュニケーション不足を反省している。

このようにY2のX4及びX5を名指しした発言後のY2の発言の全体の趣旨は、自らの従業員とのコミュニケーション不足への反省であり、Y2から強い反組合的な姿勢をうかがうことはできない。

ウ その後、Y2は、組合からの不当労働行為の説明があった後ではあるが、社長室に残った支部に対して、「反省することが大きくて、労働組合を作ることは悪いとは思っていない。僕もやっていたしね。労働組合みたいな組織があればそこで話せるからね。労働組合をやるといろいろと勉強になるしね。協力してやりましょう。」と発言しており、Y2は、最終的には、上記ア及びイのうちの反組合的と受け取られかねない発言を打ち消す趣旨の発言をその面談の中で行っている。

  そして、Y2がその面談後に反組合的な発言を行った事実は認められない。

エ 以上を踏まえると、Y2の本件発言はその全体の趣旨を踏まえれば、組合の運営に対する支配介入に当たるとまでみることはできない。

⑵ 本件団体交渉における会社の対応は、不誠実な団体交渉に当たるか否か(争点2)

ア 会社の業績及び経営状況について

  会社は、本件回答の理由として、最終的には税引前純利益が赤字であることを挙げており、その点について、会社は、第3回団体交渉において、平成27年度から29年度までの売上予算、同実績等、粗利予算、同実績等、販管費の実績及び税引前純利益の実績を書面に基づいて説明するとともに、29年度の売上げ、粗利、営業利益については、既に5月時点でかい離が出ており、見込みどおりにいかない可能性が高い、今後のかい離も見込むと営業利益が赤字になる見込みであり、税引前純利益は3,500万円以上の赤字になる見込みであると説明しており、会社は自らの主張の論拠を示していると認められる。

  これに対し、組合らが、会社に対し、団体交渉の過程で具体的に追加資料の要求を行ったことは認められないから、会社の上記対応を不誠実であると評価することはできない。

イ iRad開発の中止に伴う損失とY4前社長の退職金について

会社は、第3回団体交渉において、iRad開発の計画書はあるが、その内容は余り計画性をもって着手したようには感じられない、Y4前社長以下の旧経営陣はずさんなことをしていたように聞いている、警鐘は鳴っていたがY4前社長以下の旧経営陣がそこに踏み込ませないようなスタンスであった、そこにメスを入れてY4前社長以下の旧経営陣が退陣した、iRad開発の中止については様々な要因もあるが、最終的にはトップマネジメントの責任という意味でY4前社長に責任があるなどと述べている。

また、会社は、第4回団体交渉において、Y4前社長に退職金を支払った理由について、同人が約10年間にわたり会社をけん引した功労に報いないわけにはいかない、同人はiRad開発にチャレンジして最後に失敗しただけである、従業員は同人から十分恩恵を受けていたにもかかわらず同人が最後にした失敗のつけを払いたくないというのは虫が良すぎるのではないか、従業員は業績が良いときには還元され悪いときには我慢して会社を支えるということもあるべきであるなどと説明している。そして、その後も、組合らと会社は、第4回及び第5回団体交渉において、Y4前社長に退職金を支払った理由について同様のやり取りを行っているが、その過程で組合が上記会社の説明に対して根拠を挙げて反論するなど会社に更なる説明を求めることはなかった。

したがって、iRad開発の中止に伴う損失とY4前社長の退職金については、会社は相応の説明をしたということができる。

 夏季賞与は固定支給か業績連動かについて

第4回団体交渉において、組合らが、業績が悪いからといって夏季賞与を一方的に下げるのはおかしいなどと指摘したことに対し、会社は、従前は営業利益で黒字が見込まれていたので夏季賞与は固定で支払っていた、Y4前社長時代に夏季賞与が変動しなかったのは黒字が確保できる経営だったからであると述べ、その後、組合らと会社とは、同様のやり取りを繰り返している。

() 組合らは、会社においては、夏季賞与は固定で支払うものとする労使慣行が存在しており会社説明は事実に反すると主張する。

確かに、1810月、会社は、19年度以降の夏季賞与は従業員個人の人事考課を考慮せずに一定の月数分を支給することを決定し、この決定内容は従業員に口頭で通知された。そして、20年度から28年度までの間の夏季賞与は、少なくとも4人の従業員に対して、原則として2.5か月分が支給されていた。

しかし、会社は、上記1810月の決定に当たって、会社の業績が下がり最終的に赤字見込みの場合における夏季賞与の支給については明示的に決定していないのであるから、会社の上記4人の従業員に対する対応を労使慣行に基づいたものとまでみることはできないし、過去の夏季賞与の支給についての会社の団体交渉における説明が事実に反するとまでいうこともできない。

() また、組合らは、夏季賞与が業績に連動する形で支給されてきたのかは、会社において、過去の業績と支給の実績を照らし合わせることによって容易に確認できることが明らかであるにもかかわらず、会社が「(賞与が業績連動になっていることを示す)根拠、事実はない」などと説明しており、自らの主張の根拠を十分に説明し組合らの納得を得るための努力をしていないとも主張する。

しかし、組合らが、団体交渉において、会社に対し、夏季賞与が業績連動で支給されてきたことを過去の業績と支給の実績から説明するよう求めた事実は認められない。

その点をおいても、会社は、会社の業績が下がり最終的に赤字見込みの場合における夏季賞与の支給については明示的に決定をしておらず、また、18年度から28年度までの間に会社の業績が最終的に赤字になったことはないので、29年度のように税引前純利益が赤字になる見込みの場合に、それに連動して夏季賞与が減額になることの客観的な根拠を示すことは困難である。そうすると、会社が賞与と業績とが連動するデジタルな根拠はない、水掛け論になってしまうが賞与は業績連動になっている、それを示せる根拠、事実はないなどと回答したことは不相当とまではいえないのであって、これらの発言をもって会社が自らの主張の根拠を十分に説明し組合らの納得を得るための努力をしていないと評価することはできない。

エ 夏季賞与一律20パーセント減額以外の経費削減策について

 () 組合らは、第5回団体交渉において、業績悪化に対する経費削減策について、夏季賞与一律20パーセント減額以外の方策について説明を求めている。これに対して、会社は、人件費以外の営業における会議費、交際費、交通費、また旅費の宿泊費の精算といったものが就業規則のとおりなされていないなど切り詰める余地がある、それ以外の説明も必要という組合らの認識は分かったなどと応じた。

しかし、会社は、第6回団体交渉において、賞与は利益が超過した場合に支給されるものであるため、固定支給とは考えていないなどと述べ、第5回団体交渉から一転して、これ以上経費について細かな説明をする必要はないと回答し、組合らからの人件費以外の削減について説明はないのかとの質問に対しても、同様の理由で、説明はないと回答したのである。

() 組合らが夏季賞与一律20パーセント減額以外の経費削減策はないのかを質問したのは、夏季賞与一律20パーセント減額による経費削減効果350万円が、29年度の税引前純利益の赤字見込額3,500万円に比べて少額なことからであるとうかがえる。これに対して、会社は、第5回団体交渉において、人件費以外の営業における会議費、交際費等の精算について切り詰める余地があるなどと回答するとともに、それ以外の説明も必要という組合らの認識は分かったと応じていた。

こうした経緯をたどったにもかかわらず、会社は、第6回団体交渉では、上記のとおりこれ以上経費について細かな説明をする必要はない、その理由は、賞与が固定的に支払われていた場合であれば説明が必要であるがそうではないので説明はないと回答したのである。

しかし、Y4前社長就任当時に決定された会社の夏季賞与の支給の方針においては、会社の業績が下がり最終的に赤字見込みである場合の夏季賞与の支給については明示的に決定されていないのであるから、会社がこれまでとは違って夏季賞与を一律20パーセント減額する以上、組合らの質問した人件費以外の経費削減策についても具体的に説明することで本件回答について理解を得るべく努めることが求められていたというべきである。したがって、会社が夏季賞与一律20パーセント減額以外の経費削減策について説明しないこととしたことは不誠実であるといわざるを得ない。

オ 結 論

 以上のとおり、本件団体交渉のうち第6回団体交渉において、会社が、組合らに対し、夏季賞与一律20パーセント減額以外の経費削減策について説明しなかったことは、不誠実な団体交渉に当たる。

 

5 命令書交付の経過 

⑴ 申立年月日      平成2912月1日

⑵ 公益委員会議の合議 令和2年3月17

⑶ 命令書交付日    令和2年5月7日