【別紙】

 

1 当事者の概要

⑴ 被申立人Y1(以下「法人」という。)は、被申立人の前身であるZ1(以下「Z1」という。)が申立外Z2(以下「Z2」という。)に運営を委託して社会保険病院を、申立外Z3に運営を委託して厚生年金病院を、申立外Z4に運営を委託して船員保険病院を運営し、医療を提供してきたところ、Z1法の一部改正により、平成26年4月1日に設立された独立行政法人である。

法人は、肩書地に本部を、全国に五つの地区事務所を置き、57の病院(以下「病院」という。)、26の介護保険施設等を直接運営している。本件申立時の法人の従業員数は約3万名である。

地区事務所の一つである関東地区事務所(当時。29年4月に東日本地区事務所に改組された。)は、法人本部と同住所に所在し、関東地方及び山梨県に所在する16の病院(以下「16病院」という。)を管轄する。

⑵ 申立人X1(以下「組合」という。)は、Z2の職員によって組織された、申立人の前身であるX4(以下「X4」という。)が、26年4月1日から、従来と同一の労働組合として存続し、名称を改めたもので、全国に36の支部を有し、本件申立時の組合員数は2,086名である。

組合のX2支部(以下「支部」という。)は、X4のX5支部(以下「旧支部」という。)を、4月1日から引き継いで名称を改めたもので、本件申立時の組合員数は45名である。

 

2 事件の概要

昭和62年4月、X3は、社会保険Y2病院で薬剤師(以下、国家資格としての薬剤師を「薬剤師」という。)として勤務を開始した。

平成6年9月、旧支部が結成され、X3は、18年2月まで支部長を務めた。

26年4月1日、組織改正により法人が発足し、同時期、X4は名称を組合に改めた。

27年2月、法人のY2病院(以下「Y2病院」という。)で診療放射線技師として勤務するX6が支部の支部長に就任し、X3は新執行部に加入した。

7月10日、X6がY2病院における宿日直勤務の現状等が労働基準法(以下「労基法」という。)に違反する旨を相模原労働基準監督署(以下「労基署」という。)に申告(以下「第1回申告」という。)すると、1111日、同署は法人理事長及びY4病院長宛てに、是正勧告書及び指導票を交付した(以下、271111日付是正勧告書及び指導票の交付を「第1回是正勧告」という。)。

28年6月28日、X3が、Y2病院における同年4月以降の宿日直勤務に係る賃金の不払等が労基法に違反する旨を再び申告(以下「第2回申告」という。)すると、7月5日、Y4病院長宛てに、再び是正勧告書及び指導票が交付された(以下、28年7月5日付是正勧告書及び指導票の交付を「第2回是正勧告」という。)。

8月26日、法人は、X3に対し、10月1日付けで、職務の級2級の一般薬剤師(以下、職務の級2級以下の薬剤師を「一般薬剤師」という。)から職務の級3級の主任薬剤師(以下「3級主任薬剤師」という。)に昇任・昇格させる旨を命じた。同時に、法人は、X3に対し、10月1日付けで、Y2病院から法人のY3病院(以下「Y3病院」という。)に配置転換(以下「配転」という。)する旨(以下「本件配転」という。)を命じた。

 

3 主文の要旨

   法人は、X3に対する、平成2810月1日付けのY3病院への配転命令をなかったものとし、同人を、Y2病院薬剤科の3級主任薬剤師として復帰させなければならない。

   文書の掲示

  要旨:法人が、X3を、平成2810月1日付けでY3病院へ配転したことは、東京都労働委員会において不当労働行為であると認定されたこと。今後、このような行為を繰り返さないよう留意すること。

⑶ 履行報告(⑴及び⑵)

 

4 判断の要旨

⑴ 本件配転の不利益性について

ア 経済上の不利益について

組合は、Y3病院の賞与の支払額(月率)はY2病院のそれよりも低いから、本件配転によりX3には経済上の不利益が生じたと主張する。

確かに、X3の賞与は、本件配転により年間で348,406円減額されたが、一方で、同人は、本件配転と同時に3級主任薬剤師に昇任し、給与が年額464,592円増えたのであるから、本件配転が同人に明白な経済上の不利益を生じさせるものであったとまではいえない。そして、本件配転により経済上の不利益が生じたか否かはともかくとして、法人がそのような不利益を被らせる意図をもって本件配転を行ったとまでいうことはできない。

イ 組合活動上の不利益について

X3は、27年2月にX6支部長による新執行部体制となり、同執行部に加入して以降、後記⑶のとおり、活動が停滞した支部を再建するため様々な活動を行っていた。その矢先に、支部活動の中心人物であったX3が他の病院へ配転されれば、再び同支部の活動が停滞する組合活動上の不利益があることは明らかである。そして、後記⑶で判断するとおり、法人はそれを意図していたものとみざるを得ない。

法人は支部の組合活動はほとんどないとか、X3は支部の活動の中心ではないと主張するが、後記⑶のとおり、同人は労基署への申告を契機とする宿日直勤務の問題に関する一連の組合活動をその中心となって担っていたのであるから、採用の限りでない。

⑵ 本件配転の業務上の必要性について

ア Y2病院薬剤科からの転出の必要性

Y2病院は、X3を、29年度の人事異動候補者(以下「本件異動候補者」という。)に決定し、同人が異動した場合の補充希望として副薬剤科長の配置を要求した。

確かに、Y2病院のY5薬剤科長は30年3月末をもって定年退職が予定されており、28年4月1日当時、同院薬剤科には副薬剤科長が不在であったのであるから、同院が後任の管理職として副薬剤科長の配置を要求することは理解できるが、そのためにX3を本件異動候補者とする必要性があったかは、以下のとおり疑問である。

法人は9名体制を主張するが、Y2病院は28年度の薬剤科の現員9名に対し、法人本部から計画職員数として10名を認められていたのであるから、1名の欠員を補充するとして副薬剤科長の配置を要求することもできたにもかかわらず、それをしなかったのは不自然である。

また、計画職員数と異なる9名にこだわる合理的な理由は認められず、加えて、9名体制は、@Y2病院が4月1日付採用の新人の薬剤師の配属を辞退するに当たって、28年度途中に薬剤師を1名増員して10名とする予定である旨を述べたこと、A労基署からの是正勧告を受けて、労使間で宿日直勤務体制の見直しが検討されるなど、当時、同院には近い将来人員を増やす事情があったこと、B10月1日時点の同院薬剤科において実際に業務に就くことができた職員は、多くても、Z5ないしZ11の薬剤師7名とY6病院から転入した副薬剤科長1名を併せて8名であり、9名ではなかったこと、C令和元年5月時点の同科の職員数は現員で12名であり、9名から大幅に増員されていることなどと明らかに矛盾する。

そうすると、X3を本件異動候補者とし、同人が異動した場合の補充希望として副薬剤科長の配置を要求したのは、副薬剤科長の補充よりも、X3を転出させることに主眼があったのではないかとの疑問を抱かせる。

法人は、一般薬剤師が昇任する際は他の病院へ異動するのが原則であると主張するが、本件配転時まで、そのような原則を示した規約等は存在しない。なお、「昇任については、病院間異動を伴うことを原則とする」と記された「法人組織の強化について」が通知されたのは、本件申立て後の平成30年3月30日である。そして、昇任の実例をみれば、むしろ、昇任の際に病院間の異動を伴うことは特異なものであるといえる。

本件異動候補者決定の手続をみても、27年5月にY2病院が、X3に昇任を推薦する旨を打診し、同人が辞退した経緯があり、同院は、同人に昇任の意向がないことを把握していたにもかかわらず、本件異動候補者決定の際には、同人が「職員カード」を提出する前に、本人の意向を確認しないまま決定している。このような本件異動候補者の決定は、手続的にも極めて不自然であり、本人の意向にかかわらず、X3を転出させなければならない別の意図があったのではないかとの疑問を抱かせるものである。

イ Y3病院薬剤科への配置の必要性について

28年4月1日時点のY3病院薬剤科については、@計画職員数が14名(副薬剤科長1名、主任薬剤師2名、一般薬剤師11名)であったところ、現員は13名(副薬剤科長1名、主任薬剤師2名、一般薬剤師10名)、また、同年5月末日にも一般薬剤師1名が退職予定であったことにより、一般薬剤師2名の欠員が見込まれていたこと、A夜勤体制(2交代制勤務)の導入により欠員の補充が必要であったこと、BTPN(高カロリー栄養輸液など注射剤)及び抗がん剤調製業務の増加に対応した人員の配置が必要であったこと、C40歳未満の薬剤師が占める割合が相模野病院の44%に比べて69%と高かったこと等、人員補充の必要性があったことは認められる。

しかしながら、Y3病院が求めていたのは上記のとおり一般薬剤師であり、また、X3は、夜勤を免除されており、TPN調製の経験もないなど、同院が求めていた条件にかなっているといえないところもある。

そうすると、Y3病院への配置者がX3でなければならないという強い必要性があったとまではいえない。

   本件配転当時の労使関係について

ア 27年7月10日、X3は第1回申告を行い、1111日、法人理事長及びY4病院長宛てに第1回是正勧告が行われた。

当該勧告の内容は、Y2病院の過去約2年分の宿日直勤務に係る時間外割増賃金の不足額を計算し直し、28年3月16日までに支払い、同月21日までに計算表と各対象労働者の受領証をもって労基署に報告することを求めるもので、同時に、27年7月に同院が労基署に届け出た時間外・休日労働に関する協定届及び特別条項協定も返戻された。

2712月8日、当該勧告に関し、X3が支部の名義で法人に文書開示請求を行うと、法人本部の職員課長は組合のX7中央副執行委員長に対し、開示請求の取下げについてX3及び支部を説得するよう述べた。

1225日、支部はY2病院に対し、当該勧告後の職員の労働条件の変更については同支部と確認することを求める要求書を提出し、28年3月16日、同支部と同院とで、当該要求書の内容を議題とする団体交渉が行われ、同院は宿日直勤務体制見直しの内容が決定次第、同支部に提示することとなった。

3月17日の労基署による実地調査により、Y2病院は、労基署への申告がX3によるものであることを認識するとともに、労基署から、未是正・未改善事項があることを指摘され、再度是正・改善措置を執り、また、民主的手続による過半数代表者の選出を行うよう指導を受けた。

5月1日、支部は、当該勧告により宿日直勤務に係る時間外手当の不足分を26年4月に遡及して清算することになった旨を記載した「組合ニュース」を発行した。

28年5月16日、Y2病院は、同院の該当する職員に対し、時間外割増賃金の不足分数千万円ないし1億円を支払った。

6月28日、X3は第2回申告を行い、7月5日、Y4病院長宛てに第2回是正勧告が行われた。当該勧告の内容は28年4月に遡及して宿日直勤務に係る時間外割増賃金の不足額を計算し、8月31日までに支払い、労基署に報告することなどを求めるもので、担当した労働基準監督官からY2病院に、できるだけ早く新しい勤務時間を検討するようにとの話もあった。

9月13日から同月26日にかけて、支部とY2病院とは、同院の宿日直及び外来救急の勤務体制について協定書を締結するべく、労使交渉を行った。

Y7院長は、労基署からの是正勧告について、「なぜ労基法違反なんだ。」、「今まで当直と超勤、いろいろその制度でやってきて、どこがいけないんだ。なぜいけないんだ。」と述べた。

イ 以上のとおり、X3が労基署への申告を契機とする宿日直勤務の問題に関する一連の組合活動を行ったことにより、法人は是正・改善措置、そのやり直し、文書開示請求への対応、未払賃金の支払、協定書締結に向けた労使交渉等、事務量の面でも金銭面でも相当な負担を被ることとなったのであり、法人が同人の活動を快く思っていなかったことは容易に推認される。

そのことは、Y7院長の上記アの発言や、関東地区事務所のY8統括部長らの、@どこの病院でも直接労基署に行ってしまう、A職員は組合を通して使用者と話をすることが筋である、病院名が出て未払があったとなると法人としてイメージが悪いから、組合に対し、労基署に駆け込まないよう話した、BX3が支部で一生懸命やってきたことは分かるが・・・中央から広い目で物を見て、C今回労基署への労基法違反申告という事件があって・・・取りあえずY3病院へ行ってもらいたい等の発言からも裏付けられる。

ウ このように、法人は労基署への申告を契機とする宿日直勤務の問題に関する一連のX3の組合活動を嫌悪していたことが推認されるものであり、「29年度異動候補者名簿(Y2)」の作成及びY3病院への配転対象者の決定はこれらと相前後する時期に行われたものであって、28年9月26日のY8統括部長らの発言に照らしてみても、本件配転は、X3の組合活動を嫌悪したが故とみるのが相当である。

エ なお、法人はX3による労基署への申告は同人が個人の資格で行ったものであると主張するが、上記アのとおり、同人が同申告を契機とする宿日直勤務の問題に関する一連の組合活動をその中心となって担ったことは明らかである。

また、法人は、関東地区事務所のY9薬事専門職及び相模野病院のY10事務部長はX3の組合活動を認識していなかったから、本件配転に関し法人には不当労働行為意思が存在しないとも主張するが、Y2病院も関東地区事務所も、上記アないしウのとおり組織としてX3の組合活動を認識していたのであるから、法人の主張は採用できない。

   結論

上記⑴ないし⑶を総合的に勘案すると、本件配転は、法人が、X3の労基署への申告を契機とする宿日直勤務の問題に関する一連の組合活動を嫌悪し、同人をY2病院から排除することによって支部を弱体化させることを狙ったものとみざるを得ない。

このような法人の行為は、正当な組合活動を理由とする不利益な取扱いに当たるとともに、組合運営に対する支配介入にも当たる。

 

5 命令書交付の経過 

 ⑴ 申立年月日     平成28年9月29

 ⑵ 公益委員会議の合議 令和元年10月1日

 ⑶ 命令書交付日    令和元年1113